笑門来福ジャワ島日記

5児の母のインドネシア通信
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  [ 「タリバン」は差別用語? ]
2009-03-07(Sat) 16:16:37
今日、気になったニュース。

紫外線に長く当たると皮膚が腫れる「ポルフィリン症」のため、黒い布で顔を覆っていた男子高校生に、鳥取県警米子署員が昨年10月、「おまえは(イスラム原理主義勢力)タリバンか」などと言い、職務質問をしていたことが6日、分かった。
 鳥取県議会の代表質問で、安田優子議員が明らかにした。佐藤幸一郎県警本部長は「不適切な発言だった」と謝罪した。 


Yahooのニュースには時々コメント欄がついていて、このニュースについても警官を非難する意見、擁護する意見、いろいろ交わされている。多少思想的偏りがある気がする時もあるけれど、参考まで。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090307-00000009-jij-soci

一般的感想はそっちのコメント欄に任せるとして、私が読んだ直後に抱いた素朴な疑問。

「なんで『タリバン』って言っちゃダメなの?」

警察官の「おまえ」という言葉遣いや、病気の高校生の格好を(たぶんそうとは知らずに)揶揄したこと(その例えが「タリバン」じゃなく「養蜂農家」とか「宇宙飛行士」だったとしても)が責められるのはわかる。

でも、ニュースやコメントによれば、「タリバン」がダメだ、と思ってる人も多いようだ。
「タリバン」は差別用語で、言われた人を激しく傷つける、とある。

もちろん、いくら世知に疎い私でも、タリバンが数々のテロ事件を起こした過激派だということは知っている。
それに、私は自衛隊さえなくていいと思っている、おめでたい平和主義者だ。タリバンを支持する気は微塵もない。

でも、その極悪非道も主義信条があってのことで、彼らにとっては信仰なのだ。
それを、「ジャップ」とか「二グロ」のように、明らかに相手を蔑む意図を持つ、その言葉が指す当人(日本人や黒人)も言われるのを嫌がるような差別用語と同列に扱うことに、なんだかとっても違和感がある。

以前コメント欄にkanaちゃんも書いてくれていたけど。
イスラム教徒の国に住んで2年。ちょっと宗教に対する感覚がずれてきているのだろうか。
これを日本で読んでる人には引かれてるのか?
ここで思うことTB : 0CM : 8
  [ 中華流食事法:子ども編 ]
2009-01-24(Sat) 00:13:08
私がいつも行くショッピングモールに、プレイルームがある。最近力をもてあまし気味の5号、向かいのマーケットでメイドさんが買い物をする間、遊んで待つのが習慣になった。
30分80円で、係のおねいさんが2人もいて、子どもに目を配ってくれる。私はすぐそばのフードコートで、子どもを眺めつつ、本を読んだり書き物をしたりしている。

そうそう、そもそもはたぶんママたちがそのフードコートでゆっくりご飯を食べるため、もしくはマーケットでゆっくり買い物するためのプレイルームなのだ。ここの金持ちの家では、子育ては外注が常識。
その間、ここでおねいさんもしくは同伴のメイドさんが子どもを見てくれるというわけ。子連れ母にはありがたい施設だが、人件費の高い日本じゃ成立しない。

先日、そのプレイルームで5号(写真:黒メガネ)とそのガールフレンド(白丸内、潜玉中)を遊ばせていた時のこと。

中華系とおぼしき女の子が、二人のメイドさんを引き連れて登場(中央)。例によって色白ぽっちゃり、推定年齢4歳。仮に名前をプニョとする。



以下、赤字は私の心の声。あくまで日本人の私の感じ方であって、グローバルスタンダードではない。

メイドさんたちはスプーン片手に、走り回るプニョを追いかけては、口の中に食事を押し込む。

公共の遊び場で食事をするなよ。つか歩きながら食事ってどうよ。

でも実はこれは、珍しいシーンではない。泳ぐ子どもを追いかけて、プールサイドに顔を上げたところに食べさせるメイドさんもいるらしい。アシカかよ。しかもその献立は、かなりの確率でおかゆっぽい流動食だ。食事というより、餌付けに近い。

そもそも自分で食べさせなくていいのか?そんなズルズルの食事ばっかりでいいのか?食事への意欲は?あごの力は?

よく見ると、メイドさんはそれぞれの手にスプーン、それに食事の入ったタッパとタオルを持っている。これはかなりのツワモノ。2本のスプーンと口ふきタオルが交互に差し出される様は、まるで息の合った餅つきのようだ。

いや、そんなことより何より、もうカロリーはじゅーーーーぶんに足りてると思うがどうだー??
今2時。それは一体なにごはんだー?


プニョはそれだけでは飽き足らず、やがてマーケットの包みから、買ったばかりとおぼしきドーナツをとり出した。暗闇の中でも間違いなく食べられそうな、蛍光色のチョコレートがついている。そして、それをおもむろに5号に差し出した。
受け取った5号は、真っ直ぐに私のところへ持ってくる。さすがちっちゃくても日本人、お行儀がよいわ、と思いたいところだが、たぶんお腹がすいてなかっただけだと思われる。
お礼を言って、そのままかばんにしまう。

やがて遊び終え食べ終えたプニョは、当然のように抱っこ布(スリング)に収まって帰っていった。それは、でっかいクマのぬいぐるみを抱えているように見えた。

歩かせろーーーーー!!!

一応フォローすると。
質よりも量、おそらくは何よりも「たっぷり」が豊かさの象徴なのだ。テーブルに乗り切らないくらいの料理が出るのが何よりのもてなしの、満漢全席の国だから。そんな中国人に仕えているメイドさんたちは、子どもに「お腹すいた」と言わせたらクビらしい。日本人家庭でも、どんなに言っても食事を作りすぎるというメイドさんが多いのは、自分たちの貧しさの反動もあるのかもしれない。
ともかくこれが、今この国の中華流子育てなのだから、私がとやかく言うことではない。

私は、もちろん子どもによかれと思う方法で子育てをしているし、今の私の考えはジャパニーズスタンダードだとも思っている。なので、少なくともこれを日本語で読んでいる人たちには共感してもらえると思って書いているが、さてそれもどうだろう。
私たちの子どもが子育てをする頃には、新しい育児の常識、食事の常識が生まれているかもね。

世界は広く、時は流れる。縦軸と横軸の交わる小さな点は頼りなく、いつだって手探りだ。
ここで思うことTB : 0CM : 4
  [ インドネシアにはない(かもしれない)事故 ]
2009-01-18(Sun) 20:27:20
もうひとつ、インドネシアならなかったかもしれないと思う事故。

12日午後8時55分ごろ、札幌市北区東茨戸のホテル「シャトレーゼ・ガトーキングダム・サッポロ」の温泉施設3階にある女性用浴場で、北海道苫小牧市の5歳男児が浴槽内に沈んでいるのを従業員が見つけた。男児は病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。道警札幌北署は男児がおぼれたとみて死因などを調べている。
 同署や同ホテルによると、浴槽の深さは約85センチ。男児は両親と弟と家族4人で訪れ、母親と弟と一緒に女性用浴場に入っていたという。(yahoo!ニュースより)


時々、こういう不運としか言いようのない事故が起こる。
もちろんそんなことがないように、環境を整え、親も目を離さないようにするのだが、子どもはその網の目をくぐるように、思いもかけない事件や事故に遭う。私たちにできるのは、せめてそれを教訓に、コツコツと網の目を埋めていく作業をすることだ。

子どもを看視する意識は、インドネシアの方がずいぶん高いと思う。日本人が平和ボケなのだと言われそうだが。

スーパーなどで、5号が私のそばを離れて走っていってしまうことがある。私も目では追っているのだが、そんな時必ず、5号を見咎める大人がいる。彼らはたいていきょろきょろと周囲を見回し、私に気づくと、「あっちへ行ったけど大丈夫?」というふうな顔をして、5号が向かった方へ首を傾ける。大声で「ちょっと~、子どもが行ったわよ~」と呼ばれることもある。あわてて追いかけていくと、先に追いついた大人が見てくれていた、なんてことも珍しくない。
また、安全なレストランなどで放し飼いになっていると、いつの間にか店員さんがそばに来て、見ていてくれる。どこでも子どもに声をかけ、相手をしてくれる人は多い。
お金持ちの子にいたっては、ひとりにひとりずつメイドさんがついていて、24時間つきっきりである。

これは、親にとってはとてもありがたい。もちろん親自身がちゃんと見てることが一番なのだが、ちょっとした隙に子どもは脱走する。複数の子を見てたりするとなおさら「隙なし看視」は不可能だ。
この温泉にも、こんなインドネシア(みたいな)人がいたら、この事故は防げたかも、と思う。

日本では、レストランやスーパーで騒ぐ子どもに眉をひそめ、ひそかに親を責める人はいても、目の端で子どもを見守ってやるなどどいう奇特な人はあんまりいそうもない。温泉に人が少なければ、迷惑をかけずにすむと、親はかえって安心しそうだ。
それに、気にはなってもなかなか他人の子どもに声をかけにくいという事情もある。特に、男性→女児は難しそう。

たぶん、日本人が特別冷たいわけでも日本の親が特別うかつなわけでもない。
きっとここは日本に比べて、事件や事故で命を落とす子の総数が格段に多いからこそだろう。危機意識が高く、みんながこどもに声や目や手をかけてくれる。環境の網の目が思いっきり雑な分、人の目が張り巡らされているのだと思う。

亡くなった子どもたちの冥福を祈る。
彼らの死が、また網の目をひとつ埋めていきますように。
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  [ インドネシアにはない病気 ]
2009-01-17(Sat) 11:06:19
日本人の私が、死んでしまったインドネシア人の彼に対して、「日本人だったらよかったのにね」と言うのはひどく残酷で傲慢な気がして、とても言えない。
でも正直、「ここが日本なら、命までは落としてないかもなあ」とは思う。

逆に、「インドネシアにはこんなことはないな」と思うこともある。

入院中の1歳10カ月の五女の点滴に腐った水を注入し、殺害しようとしたとして、2008年12月24日、京都府警捜査一課と川端署は、殺人未遂の疑いで、岐阜県関市の母親(35)を逮捕した。
その後の調べで、五女の姉3人も4歳までに免疫不全などで死亡していることがあきらかになった。(中略)府警は子供などをわざと傷つけて看病するような行動がみられる「代理ミュンヒハウゼン症候群」だった可能性があるとして調べている。(yahoo!ニュースより 引用:東奥日報、ロイター、産経新聞)

代理ミュンヒハウゼン症候群
『他者の同情・関心・援助』を引き出すために自分ではなく健康な家族やこどもに危害を加え、あるいは詐病によって、不必要な検査・治療・入院などの医療行為を受けさせ、こどもに身体的、心理的苦痛を与える特殊な虐待を繰り返すケースもある虚偽性の精神疾患の一つである。


この後、母親は4女殺害容疑でも逮捕されている。
ホラー小説を地で行くような、信じがたい事件。こんな病気があることも初めて知った。
2001年 週刊朝日「新しい児童虐待」

原因ははっきりしないらしいが、背景として、
・目的のためには検査、手術等の「実績」が不可欠のため、ある程度の医療レベルにある病院があること、およびそれを繰り返すだけの財力があること
・大きな孤独感、空虚感を抱いて子育てをしていること
から、病院が気軽に行けるところではなく、家族や近所とのつながりも濃いここでは、ちょっと想像しにくい病気だ。たぶんイネ人に説明してもわかってもらえないだろう。

医療も福祉も整い、こどもが売られることも盲腸で死ぬこともなくなった国で、母親が生活や病苦のためでなく、衝動的にでも男がらみでもなく、ただ自分に注目してほしいがためにわが子を殺す。
人間は、なんて高度でなんて悲しい生き物だろう。
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  [ 運転手さんの訃報 ]
2009-01-15(Thu) 14:24:26
年が明けてすぐのある朝、うちの運転手さんが家に入るなり、ものすごく暗い顔をして言った。

「朝、ダルトさん、死ぬ。」

ダルトさんは、友人Mさんの運転手さん。Mさんと私は、去年交流部の部長副部長を務めたので、行動を共にすることが多かった。うちの運転手さんとも仲がよかったし、私自身もよく車に乗せてもらった。朗らかで世話好きな性格で、地理にも明るく頼もしかった。
施設に寄付する荷物を、いつもてきぱきと運んでくれた姿が浮かんでくる。

最後に会ったのはいつだったか。少なくとも病気には見えなかった。
びっくりして「なんでまた?」と問う私に運転手さんが答えてくれた情報を、なんとかつなぎ合せてみるに、どうも盲腸だったらしい。
お腹が痛み始めてしばらくしてから、手術をした。術後もお腹の痛みは快癒しない。散々我慢して、再手術に臨んだ時には、もう治療不可能だった、らしい。

医学的なこともここの医療レベルもよくわからないが、日本なら死ななくてすんだかもしれない。まだ51歳だったそうだ。
病院へ行くのを我慢することも、手術したのに手遅れになるようなこともなかったかもしれない。

だから、「彼が日本人だったらよかったのに」という気はない。だって彼はインドネシア人だから。「インドネシア人だから死んでもいい」と言ってるわけでももちろんない。
うまく言えないが、彼は日本人になって生き延びることより、インドネシア人のまま死ぬことを望むと思うから。

寿命って、遺伝的要素や生活習慣だけじゃなくて、きっと国とか運とかひっくるめてのものだ。

ただ、イネの医療関係者はじめ、この国で命を預かるすべての人には、発奮してもらいたい。死ななくていい人をみすみす死なせることはないように。誰もが寿命を全うできるように。
お金ほしさの過積載でフェリーを沈めてしまうなんて論外。

運悪く、Mさんは現在帰国中。さぞ驚き、悲しんでることだろう。
「ダルちん」「ダルぴー」と呼んでかわいがっていた。年上の男性にその言い草もどうかと思うが、それが許され、また似合ってもいる、愛嬌のあるおじさんだった。

亡くなった魂だけは、どんな神の前でも平等。
イスラム教徒なのに、断食もあまりまじめじゃなかったけど、アラーの神に怒られてないといいな。
ダルトさんの冥福を祈る。
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  [ 『マス・エンダン』上映会(3) ]
2008-12-07(Sun) 22:28:11
かように八方塞がりで迎えた夏休み。

帰った山口で友人達にパワーをもらったことと、
実際にDVDを取り寄せて観てみたら、思った以上にちゃんとできていたことから、
(こんな言い方はすこぶる失礼だが、学校の先生が作ったインタビュー中心のDVDというので、卒業式に流れるメッセージビデオのようなものを勝手に想像していたら、ちゃんとドキュメンタリー映画になっていた。)
勢いづいていた時にちょうどJCの理事の方と会うことがあった。日本人ムラ社会の、実質的村長といってもよい方だ。
思い切って話してみたら、「それはいい、ぜひおやりなさい。」と言われた。それからトントン拍子に話が進み、ウソのようにあっという間に上映の段取りになった。

そこに来てようやく気づく。なんだ、塞いでたのは私じゃん。

勝手にジャパンクラブのトップを恐ろしげなものにして、どうやって攻勢をかけようかと思いあぐねていたけれど、村長どのはすんなりと私の気持ちを汲んでくれ、鶴のひと声の威力でもって関係各所に働きかけてくれた。

私の所属する交流部長は、当初わけあって上映会開催に反対だったけれど、鶴のひと声で交流部の事業になる事が決まるといち早く腹をくくり、他の交流部員を説き伏せて、すすんで事業のサポートをしてくれた。

周囲の信頼が厚い人に実行委員を断られてがっかりしてたけど、その人はとってもすまながってくれて、それから会う度に進行状況を聞いて励ましてくれ、当日は友だちを何人も連れて見に来てくれた。

「映画自体に興味がない」と言っていた仕事のできる友人は、それなのに実行委員は引き受けてもいいと言ってくれて、私では気づかないようなアドバイスをたくさんくれ、当日は息子と見に来てくれた。

他に、ご主人に話してくれた人や、生徒に話してくれた先生や、手伝ってくれた交流部員。
そして何より、見にきてくださったたくさんの人たちのおかげで、上映会は無事行われた(その詳細はまた次回)。

何か事を起こそうとする時、後先を考えずに共に飛び込んでくれる友がいることが、いかにありがたく心強いことかということも、そしてそれができそうでなかなかできないことだということも、心得ているつもりだ。

でも、共に飛び込むだけがすべてではない。
飛び込むことはできなくても、いつでも手を貸そうとしてくれる人は意外に多いし、そういう人の方が、冷静だったり慎重だったりする分、細かいところに気がついたり仕事が丁寧だったりする。逆に私の方に、飛び込むしか能がないとも言える。

相手が自分と同じスタンスでないからといって、勝手に孤立してる気分になって、差し出されている手にも気づかないような愚は犯したくない。
その上で、やっぱりそれしか能のない私は、「いつでも飛び込めるぜ!」な気概は失くさないでいたい。
と、改めて思った。<つづく>
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  [ 『マス・エンダン』上映会(2) ]
2008-12-01(Mon) 08:54:57
海外の日本人社会はムラ社会だという。
が、正直想像以上だった。
海外では自分の身は自分で守れともいう。
政情不安定で、治安が悪く、物品もサービスも満足に揃わない新興国では、なおのこと。

当初は窮屈だと思ったムラ社会にも、それなりの理由があることがわかってきた。
ここに住む日本人達は、お互いの生活に目と気を配り、調和を重んじ、慎重に行動すること=ムラ社会を形成し維持することで、長らく自分達の身を守ってきたのだと思う。その積み重ねが、日本人学校をはじめ日本人の居住環境の改善に大きく貢献し、今の私たちがその恩恵に浴していることは疑いようがない。

一方で、構成員の入れ替わりが激しい。日本人会の機能を維持するために、会社持ち回りまたは滞在年次によって、順次役員を担うようになっている。2~5年の滞在中に、1年だけお役が回ってくる仕組みである。
長い歴史に積み重ねてきたものを、ほんの少し前に日本から来たばかりの人が、しかもたった1年で変えるのは無理がある。それでなくとも、海外勤務の激務をこなしながらのコミュニティー貢献は大きな負担だ。どうしても「変えること」「目新しいこと」は難しく、敬遠される傾向にある。

それでも近年、鳥フルや不況の影響か、在留邦人の数が減っていることから、少しずつ改革の動きが見られる。それは当然、効率化、合理化の方向である。
簡単に思えた上映会実施は、慣習にも流れにも逆らうものだった。

とにかく、ことごとく玉砕した。
予算などほとんどない中で、日本人の私が上映会をしようと思ったら、会場や機材の手配、また広報の面で、それなりの後ろ盾がないと難しい。名義だけでも主催団体が欲しかった。日本人会関連のいろんな部署にあたったが、どこからも色よい返事はもらえなかった。
日本人会以外の数少ない団体も、場所や会場など物理的条件が合わなかった。

ならば後援だけもらって任意団体(実行委員会形式)でとも思ったが、それもまた難航した。
目立つことをするのはこりごりという人、いろんなしがらみから思うように動けないという人、実は帰国が間近という人。私の相棒すらなかなか見つからなかった。

まあ、そもそもが私のわがままなのだから仕方がない。
そんな状態のまま2ヶ月が過ぎ、夏休みに突入。<つづく>
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