笑門来福ジャワ島日記

5児の母のインドネシア通信
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  [ 1号修学旅行へ ]
2009-06-01(Mon) 19:35:04
一方中学生は、表面上は何事もなかったかのように修学旅行に行ってきた。
もちろん水面下では、先生方の必死の努力と駆け引きがあったことと推察する。

さて、例年ここの学校では、小6と中3がいっしょに修学旅行に行っていた。なので、我が家の1号と2号はいっしょにバリに行くはずだった。
が、その旅行のメニューは、イルカふれあい体験やラフティングなど、子ども向けレジャー要素満載。中学生たるもの、修学旅行はもっと研修ベースであるべし、と今年から別々になった。

行き先は、王宮文化の情緒漂う古都ジョグジャカルタ。

1日目
飛行機でジャカルタを経由してジョグジャへ
王宮見学
マリオボロ通り見学、買い物
メリア・プロサニ泊

2日目
体験学習
(1号は銀細工体験を選択。指輪を作っていた。他に陶芸、染物、皮細工など)
王宮料理
(ジョグジャには今も王様がいて、県知事を務めている。その王様が実際に食べている王宮料理を食べさせてもらったらしい。感想は「しょっぱくて甘い」???)
ボロブドゥール見学・課題学習
(世界遺産。世界最大の仏教遺跡)
ホテル・マノハラ泊
(先生の怪談が本気で怖く、マジ泣きで祈りだす男子が余計怖かったらしい)

3日目
ボロブドゥールサンライズツアー参加
ブランバナン見学・課題学習
(世界遺産。インドネシア最大のヒンドゥー教寺院)
帰路へ

盛りだくさんメニューはとても興味深く、私も付いていきたいくらい。
1号は、以前に家族で行った時のコースとだいぶかぶっているけれど、やはりちゃんと学習していった方がずっと面白かったと言っていた。
銀の指輪は、仲良し女子とおそろい。修学旅行につきものの(?)色恋話はなさそう。
空港に着いた時のマスクの一団はちょっと人目を引いたけど、まあ無事の帰還でなにより。

そして、1号がいない間の我が家は、なぜか締まりがなかった。
やっぱりいてくれないと困る、長子。

さきボロブドゥール

中2中3合わせて12名(1号は前列右から2人目)
ボロブドゥールの前で
家族の毎日TB : 0CM : 7
  [ ありがとうタルト ]
2009-05-25(Mon) 15:15:56
オレオが死んだのは2号の誕生日だったが、タルトが死んだのも1号の誕生日だった。

下痢はしていなかったが、元気がなかったのは確かで、次第に放牧してもあまり動かなくなり、餌もほとんど食べなくなった。そのまま衰弱してしまったと思われる。

原因は定かではない。
もともとウサギは暑さが苦手で弱いと聞いたり、メイドさんが言うには、まだ小さいうちに(かわいくてよく売れる)母ウサギの元を引き離されてくるので、母乳が足りておらず、体力がないのだということだったり。

だから、少しでも大きくて元気な子を選ばなくてはだめだ、と言う。確かにキャラメルはそんな彼女が選んだだけあって、一匹だけになってしまった今でも活発、食欲も旺盛だ。
結局、子どもたちが雰囲気や毛色だけで選んだ2匹は生き永らえることができなかった。

「強くて丈夫」なことはペットとして確かに大きな長所だけど、それだけで選ぶのはなんか違う気がする。小さくても大きくても強くても弱くても、命の重さは同じだ。
私たちが買っても買わなくても、彼らの命がそう長くないことが決まっていたのなら、その残された時間をうちで過ごしてくれたことに感謝しよう。

とはいえ、やっぱり「死」はこたえる。キャラメルを無事育て上げ、誰かに譲って本帰国したら、もう二度と生き物は飼うまい、と心に誓う。←一番初めに衝動買いしてきた人
完璧主義でダメージに弱い1号は激しく賛同、うかつな母に釘を刺す。
一方4号はあんなに号泣するくせに、お葬式が済むと早々に「キャラメルひとりじゃ寂しいよ。お嫁さん買ってこようよ。」などと言い出す。
この、「失ったらまた手に入れよう」→「失うのが怖いから、もう手に入れるのをやめよう」と思考の方向が変わることを、「歳をとった」というのだなあ、と思う。まあ性分もあろうが。
若さとは、「性懲りのなさ」だ。よくも悪くも。

そういえば、オレオの時にもタルトの時にも、女子はみなわんわん泣くのに、2号は涙を流さなかった。夫に聞くと、「(男は)そう簡単には泣けない」のだそうだ。
私は、2号にも5号にも「男らしさ」の呪縛をかけた覚えはないし、姉の真似をしてワンピースを着たがった時(ちょうど2人とも3歳頃にブームが来た)も、気が済むまで着せていた。それでもやっぱりそんな風に育つもんなんだろうか。
それはそれで頼もしいような、「男だからってヘンなやせ我慢すんな」のような。
12歳男子って、もうペットのウサギが死んだくらいでは泣かないんでしょうか。
ちなみに4歳男子は、意味がまったくわかっていない。

その後、二つ並んだ小さなお墓には、花やお菓子が供えられている。
一番気にして手を合わせているのは3号だ。クッキーにアリがたかるよ、と4号が言うと、「いいんよ、それはオレオやタルトがアリにあげたっていうことなんやから。」と答えていた。

2羽のウサギが、子どもたちの成長を教えてくれた。
家族の毎日TB : 0CM : 4
  [ ありがとうオレオ ]
2009-05-13(Wed) 17:32:25
だからイヤだったんだ、動物飼うの。

朝起きたら、白黒が死んでいた。どうも来てすぐから下痢を起こしていたらしい。

3匹の中で一番小さかった。「もう1匹」と買いに行った時、他のきょうだいがグレーを推すのに、3号だけが「この子がいい」と言って譲らなかった。3号がそんなふうに強く主張するのは珍しいことなので、私もつい「じゃあ3匹飼おう」と言ってしまい、連れて帰ってきた子だ。

子どもたちが学校に行っている間に死んでいるのがわかった。メイドさんも、「3号が好きだったのに。」と心配する。色にちなんで、『オレオ』と名づけたばかりだった。

命の大切さを教える予定ではなかったが、こうなってはしかたない。生き物を飼うとはそういうことだ。
大事なのは今ちゃんと悲しむことだ。

帰ってきた子どもたちと、お葬式をあげる。
号泣する女子、黙々と穴を掘る2号。小さな体にお別れを告げ、土をかける。墓標を立てて、お供えをし、お祈りをする。
短い間だったけど、うちに来てくれてありがとう。天国で幸せに暮らしてね。

1号は「もう生き物は飼いたくない」とつぶやいた。4号は「オレオを見ると悲しくなるから買ってこないで」と言う。3号はじっと黙っている。
2号(今日12歳になった)は「誕生日だったのに…」と言うので、「あなたのケーキのおかげで、みんな元気が出るかもよ」と言っておいた。

ウサギの軽くて重い命は、子どもたちの心に何を残していっただろう。



ずっと前に「グリーフ(悲嘆)ケア」について調べたことがある。ふと思い出してまた検索してみた。
あなたの近くの誰かが、あるいはあなたが、大切な人を亡くした時の参考に。

日本ホスピス・在宅ケア協会HP「グリーフケア」より抜粋
http://www.hospice.jp/related_group/griefcare.html

死別神話
死別体験にも神話がある。亡くなった後の遺族の態度はこうであるという神話があり、遺族を苦しめている。

1 悲嘆の期間
死別後1年も経って嘆いていると周囲は「いつまで嘆いているんだ」としばしば叱咤するが、悲嘆は半年から1年で完了することが多いというだけで、2年悲しんでも3年悲しんでも、その期間はその人にとって必要のある悲しみの期間である。特に子供を失った場合、あるいは自殺の場合は5年間続いても正常なプロセスである。
2 喪失について考えないほうが苦しみは少ない
「もう忘れなさい。」よく言われる科白である。しかし、無理に喪失体験を忘れて新しい世界に入ろうとすると、逆に悲嘆のプロセスを正常に歩めなくなって、病的悲嘆(うつ病など)に陥ることが多い。喪失についてゆっくり考えなければ後でもっとひどい状態になる。
3 喪失について触れないほうが、死別体験者にはいっそう助けになる
もちろんこういったこともあるが、むしろふれてもらって、慰めてもらった方が助けになる人が多い。
4 怒りや罪責感を感じるのは異常である
死んだ人を恨んだり、お医者さんを恨んだり、あるいは自分を恨んだり責めたりすることがあるが、怒りや罪跡感は悲嘆のプロセスとしては通らなくてはならない関所のようなもの。一時その感情に浸ったとしてもそれは決して異常ではない。
5 泣いたり悲嘆について話す人は、感情を出さずに喪失を口にしない人よりも、ずっと苦しい時を過ごしている
これは正反対である。喪失のことを話したり、泣いたり叫んだりすることができる方が悲嘆プロセスを促進して早く辛い状況から立ち直ることができる。泣いた後はたいてい気分がすっきりする。気分の爽快感は悲嘆プロセスの促進を意味する。
6 悲嘆は家族をお互いに親密にする
悲嘆は家族構成員に多様な反応を作りだすので、一時的に精神的緊張や混乱、相互の回避などをおこすことが多い。
7 子供たちは幼すぎて死を理解できないので、死の概念について話し合うのは、子供が大きくなるまで待つのが最良である
子供には死を教えないのは非常に危険である。子供にとっては親のどちらかが突然になくなるわけである。その説明を誰からもしてもらわない場合、その子供の精神の成長に障害が起きることがよくある。子供はその年齢相応に死について概念化しているので、子供が理解できる言葉で、あなたのお父さん、あるいはお母さんは死んだのよと伝える必要がある。
8 薬物やアルコールは悲嘆の痛みを緩和する
辛いときはお酒を飲んだり安定剤を飲んだらいいというが、あまりお奨めできない。安定剤はそれによって情緒を安定させるわけであるから、逆にたどらなくてはならない悲嘆のプロセスを遅らせてしまう可能性がある。症状が強いときだけ一時的に睡眠薬等を使うのは適切かも知れない。
アルコールは、飲めば飲むほど自責の念が強くなり、かえって辛くなる。最終的にはアルコ-ル依存症になるという危険な面がある。
9 悲嘆しすぎると、健全な精神を喪失する
これは全く違う。人による。つまり大声で泣きたい人は大声で泣けばいいし、一週間泣きたい人は一週間泣けば良い。その人固有の悲嘆の仕方というのがあるので、悲嘆のしすぎ、泣きすぎといったことは決してない。
10 怒りは悲嘆の正常な情緒反応ではなく、その表出を奨励すべきではない
医療者や遺族に対して怒りを向けてはいけない、しょうがないじゃないの今更というけれども、実は怒りたいときは怒ったらいいのである。問題は医療者が、怒りを向けられたときにどれだけ冷静に対処できるかということである。医療者は遺族が怒りの表現をしたときに、これは怒っているのではく悲嘆しているんだと懐深く受け止め、冷静に対応する必要がある。
「また、置き去りにされた」という怒りの感情はよくある全く正常の情緒的反応である。なぜならば死は、過去の葛藤の解決を不可能にするからである。
11 悲嘆のプロセスは短いほうが良い
理性のコントロールによる悲嘆プロセスの短縮化は、数カ月~数年後に悲嘆そのものが身体症状の形で再発することがある。悲嘆のプロセスはその人固有の期間があり、決して短いほうがいいとは言えない。特に1ヶ月以内で元気になってしまうという人は、病的悲嘆に陥る危険性が高い。
家族の毎日TB : 0CM : 2
  [ めざせひとり上手 ]
2009-04-25(Sat) 18:52:03
やっとつながった。

新年度が始まって以来、PTA役員の仕事や一日2回のお迎えが怒涛のように押し寄せてきて、あわあわと毎日が過ぎている。

昼と夕方と2回のお迎え。そう、5号が幼稚園に通っているのである。

大方の予想(期待とも言う)を裏切り、大して暴れもせずに入園式を終えた5号は、その後も親の心配をよそに実に楽しそうに通っている。
4号のように、長々とすがりつかれた挙句に学校じゅうに響き渡る大声で泣かれるのも困るが、こんなにあっさりと離れられてもなんだかつまらない。
母親とは、なんと勝手な生き物でしょうか。
私だけ?

とにもかくにも、5号が幼稚園に通っているのである。

2回も太字で書いてしまうのには訳があって、実に私15年ぶりのひとりなのだ。

専業主婦で育児をする母はみなそうなのだが、私も長女誕生以来15年間、絶え間なく保護と注意を必要とする乳幼児が24時間365日そばにいた。
幸い家族や友人に恵まれたので、用事がある時は子どもを預ける先にも困らなかったけれど、それはあくまで「用事がある時」なわけで。

毎日毎日「用事もないのに幼児もいない」…なんて駄洒落を恥ずかしげもなく書いてしまうくらいに、しばらくぶりの自由な時間にややうろたえ気味である。
なんか足元がスースーする。

実は、4年前にほんの一瞬そういう時期があった。
島に引っ越すことが決まり、4号が予想外に早めに保育所に入れてもらえることになった。おお、ひとりの時間ができるなあ、と思った直後、実際に4号が入所する直前に5号懐妊。
それから約半年は幼児ではなく胎児と過ごす羽目になり、半年後にはめでたく振り出しに戻った。

油断大敵だ。←そこか?

とりあえず、ゆっくりコーヒーを飲もう。
油断しない程度に。

じゅるくばり

校庭に生っているジュルック・バリ
レッドグレープフルーツに似ているが よりさっぱりしていてみずみずしい
5号に「過失」を起こさせようと後ろから念を送ってみる
家族の毎日TB : 0CM : 5
  [ 4号の春休み日記 ]
2009-03-25(Wed) 23:33:24
ただいま。

旅行記の前に、出発前の春休みの数日について、4号の日記を参照したい。

時にはた迷惑なくらい生命エナジーにあふれる4号の捌け口のひとつは、「文章を書くこと」だ。とにかく、気がつけば紙と鉛筆を持って、しょっちゅう何かを書いている。絵の場合もあるが、一年生になってからは文章の方が多くなった。宿題の日記を一日に7ページも書いて、先生を困惑させたこともある。

春休みも当然、誰にも何にも頼まれないのに日記をつけ出した。それがあまりにもおもしろいので、家族でまわし読みしている。

3月16日
きょうは○○(母注:地元の高級ステーキハウス。全員皆勤賞のご褒美に初めて連れていった)に行った。インドネシアではじめてのステーキだった。わたしはおこさまフィレにくステーキをたべた。すごくやわらかかった。インドネシアでさいしょでさいごとおもう。おいしかった。またたべたい。

3月17日
きょうは子どもべやせいりをした。いっぱいごみがあった。なくしたものがいっぱい見つかった。あとせいりしたからすっきりした。こんどはもっともっともっともっともっときれいにしたい。だからこんどはもっとがんばりたい。


この短い日記の中に、普段の我が家の暮らしぶりがよく表れている。まあそれが望ましいものであるかどうかは別として。
ちなみにこの日記帳、バリにも持参していた。

朝顔

春休み前 学校の花壇に咲いていた朝顔
家族の毎日TB : 0CM : 3
  [ 2008年度修了式 ]
2009-03-15(Sun) 17:30:32
2008年度が無事終了。イネ在住2年目が終わった。

今年度の学校文集に掲載された担任の先生方の文章より、子どもたちについての部分を抜粋して紹介。

1号:小さなことも粗末にしない姿勢に感心します。
(相変わらずの完璧主義に、さらに完璧な担任の先生で、磨きがかかりました)

2号:キャパシティの広い2号くん。話し合いではそれぞれの考えのよさを取り入れて意見を述べてくれた。後期は学級委員としてクラスをしっかりまとめてくれた。
(マイペースで飄々としてますが、芯はけっこう頑固です。リーダーシップに目覚めた一年)

3号:(苦手なことへの挑戦というテーマで)3号さんは運営委員会の活動を通して、みんなの前に立って堂々と発表することができました。
(安心できる仲間に囲まれて、ずいぶん成長しました(涙))

4号:持久走、一輪車、なわとび、水泳、作文、計り知れない力と強さと優しい心を持った素敵な女の子。
(ええ、いつでも全開フルスロットルですとも。4つ下の5号とも本気で張り合います)

これだけ読んでも5人の個性がバラバラなのはわかっていただけると思うが、4人揃ってよくがんばったことは、今年1年全員皆勤賞だったこと。
去年は全員ひと通り風邪を引いて熱も出したが、今年は免疫がついたのか、元気に過ごした。

海外にいると、子どもの健康がことさらありがたい。
特に年が明けてからは、学校でも悪質な風邪が流行って、入院する子も多く出た。病名もはっきりしない、心もとない医療では、親の心痛は余計に大きい。でもどの子も元気に回復し、その旺盛な生命力を見せてくれた。日本人の子も、まだまだたくましい。

ところで今日、気が抜けたのか、終わったとたんに3号が微熱を出した。が、どうやら一日で済みそうでひと安心。

さて、1ヶ月の長い春休みが始まる。とりあえず、バリとロンボクへ行ってきます。

08修了ブログ用

今年帰任してしまう美しい担任の先生と4号
離任式でお別れのことばを読んだクラスの男の子
号泣しながらの「先生の笑った顔が大好きです」に会場も4号も涙・涙
家族の毎日TB : 0CM : 4
  [ よさこい始動 ]
2009-02-01(Sun) 16:16:56
ここのよさこいまつりを見に行ったのが昨年の誕生日。あまりの盛り上がっていたので、そしてそれに比べて日本人が少なくて寂しかったので、なんらかの形で関わりたいと思ったのが、半年前。

それから、ところ構わず「よさこいに出たい!」と言ってまわっていたら、ホントに出られることになった。

指に止まってくれたのは、まつり好き、楽しいこと大好きの日本舞踊経験者、「衣装だけは私にやらせて」と訴えるカツラ愛用コスプレマニア、大学でインドネシア舞踊を専攻していたイネママ、文武両道才色兼備・無限のパワーを持つ友人、「よさこいと言えばさらしですよね!?さらし巻きますよね??」となぜか異常にさらしにこだわる北海道出身者、そして舞台と聞くと顔つきが変わってしまう芸術家肌の振付師(こういうファンタジスタ、どこにでも、はいないけど、時々いるよね)などなど、個性豊かな面々。

そして本日、迎えました、練習初日。

ファンタジスタの都合で日曜日になったので、5名+子ども2名の参加。踊ったのもほんのさわりだけだったけど、音楽に合わせて踊るだけでもうなんだか楽しくなってきちゃうね。

出場チームには、領事館から鳴子が無償で与えられる。想像以上に立派な鳴子に感動していたら、もってきてくれた領事夫人に「どんな鳴子を想像してたのよ。」と言われた。はい、百均にあるような。いや、ここ、外国だし。すんません、外務省なめてました。

そうして受け取った15セットの鳴子をウキウキと車に積んでいると、運転手さんが渋い顔をして「ママさん、気をつけて。」と言う。
以前、学校の先生が子どもに踊らせるために日本から鳴子を取り寄せたことがあったそうだ。日本を発つ時30セットだった鳴子は、届いた時には25セットになっていたらしい。

郵便局員も空港職員も他人の荷物を平気で開けてしまう、そして金目のものは盗ってしまう。まだまだ職業倫理の貧しい国なので、それも珍しいことではない。

でも私の頭をかすめたのはそんなことじゃなく。

そんなにまでして鳴子がほしかった(もしくはそれだけの価値が鳴子にあった)のか、ということ。そんなによさこいが人気の国でよさこい踊れたらうれしいよね、ということだった。
我ながらおめでたい。

ジュラルミンケースにでも入れるか、鳴子。見たことないけど、ジュラルミンケース。いや、きっと持ち運びがうるさいな。


家族の毎日TB : 0CM : 4

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