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笑門来福ジャワ島日記

5児の母のインドネシア通信
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  [ ありがとうオレオ ]
2009-05-13(Wed) 17:32:25
だからイヤだったんだ、動物飼うの。

朝起きたら、白黒が死んでいた。どうも来てすぐから下痢を起こしていたらしい。

3匹の中で一番小さかった。「もう1匹」と買いに行った時、他のきょうだいがグレーを推すのに、3号だけが「この子がいい」と言って譲らなかった。3号がそんなふうに強く主張するのは珍しいことなので、私もつい「じゃあ3匹飼おう」と言ってしまい、連れて帰ってきた子だ。

子どもたちが学校に行っている間に死んでいるのがわかった。メイドさんも、「3号が好きだったのに。」と心配する。色にちなんで、『オレオ』と名づけたばかりだった。

命の大切さを教える予定ではなかったが、こうなってはしかたない。生き物を飼うとはそういうことだ。
大事なのは今ちゃんと悲しむことだ。

帰ってきた子どもたちと、お葬式をあげる。
号泣する女子、黙々と穴を掘る2号。小さな体にお別れを告げ、土をかける。墓標を立てて、お供えをし、お祈りをする。
短い間だったけど、うちに来てくれてありがとう。天国で幸せに暮らしてね。

1号は「もう生き物は飼いたくない」とつぶやいた。4号は「オレオを見ると悲しくなるから買ってこないで」と言う。3号はじっと黙っている。
2号(今日12歳になった)は「誕生日だったのに…」と言うので、「あなたのケーキのおかげで、みんな元気が出るかもよ」と言っておいた。

ウサギの軽くて重い命は、子どもたちの心に何を残していっただろう。



ずっと前に「グリーフ(悲嘆)ケア」について調べたことがある。ふと思い出してまた検索してみた。
あなたの近くの誰かが、あるいはあなたが、大切な人を亡くした時の参考に。

日本ホスピス・在宅ケア協会HP「グリーフケア」より抜粋
http://www.hospice.jp/related_group/griefcare.html

死別神話
死別体験にも神話がある。亡くなった後の遺族の態度はこうであるという神話があり、遺族を苦しめている。

1 悲嘆の期間
死別後1年も経って嘆いていると周囲は「いつまで嘆いているんだ」としばしば叱咤するが、悲嘆は半年から1年で完了することが多いというだけで、2年悲しんでも3年悲しんでも、その期間はその人にとって必要のある悲しみの期間である。特に子供を失った場合、あるいは自殺の場合は5年間続いても正常なプロセスである。
2 喪失について考えないほうが苦しみは少ない
「もう忘れなさい。」よく言われる科白である。しかし、無理に喪失体験を忘れて新しい世界に入ろうとすると、逆に悲嘆のプロセスを正常に歩めなくなって、病的悲嘆(うつ病など)に陥ることが多い。喪失についてゆっくり考えなければ後でもっとひどい状態になる。
3 喪失について触れないほうが、死別体験者にはいっそう助けになる
もちろんこういったこともあるが、むしろふれてもらって、慰めてもらった方が助けになる人が多い。
4 怒りや罪責感を感じるのは異常である
死んだ人を恨んだり、お医者さんを恨んだり、あるいは自分を恨んだり責めたりすることがあるが、怒りや罪跡感は悲嘆のプロセスとしては通らなくてはならない関所のようなもの。一時その感情に浸ったとしてもそれは決して異常ではない。
5 泣いたり悲嘆について話す人は、感情を出さずに喪失を口にしない人よりも、ずっと苦しい時を過ごしている
これは正反対である。喪失のことを話したり、泣いたり叫んだりすることができる方が悲嘆プロセスを促進して早く辛い状況から立ち直ることができる。泣いた後はたいてい気分がすっきりする。気分の爽快感は悲嘆プロセスの促進を意味する。
6 悲嘆は家族をお互いに親密にする
悲嘆は家族構成員に多様な反応を作りだすので、一時的に精神的緊張や混乱、相互の回避などをおこすことが多い。
7 子供たちは幼すぎて死を理解できないので、死の概念について話し合うのは、子供が大きくなるまで待つのが最良である
子供には死を教えないのは非常に危険である。子供にとっては親のどちらかが突然になくなるわけである。その説明を誰からもしてもらわない場合、その子供の精神の成長に障害が起きることがよくある。子供はその年齢相応に死について概念化しているので、子供が理解できる言葉で、あなたのお父さん、あるいはお母さんは死んだのよと伝える必要がある。
8 薬物やアルコールは悲嘆の痛みを緩和する
辛いときはお酒を飲んだり安定剤を飲んだらいいというが、あまりお奨めできない。安定剤はそれによって情緒を安定させるわけであるから、逆にたどらなくてはならない悲嘆のプロセスを遅らせてしまう可能性がある。症状が強いときだけ一時的に睡眠薬等を使うのは適切かも知れない。
アルコールは、飲めば飲むほど自責の念が強くなり、かえって辛くなる。最終的にはアルコ-ル依存症になるという危険な面がある。
9 悲嘆しすぎると、健全な精神を喪失する
これは全く違う。人による。つまり大声で泣きたい人は大声で泣けばいいし、一週間泣きたい人は一週間泣けば良い。その人固有の悲嘆の仕方というのがあるので、悲嘆のしすぎ、泣きすぎといったことは決してない。
10 怒りは悲嘆の正常な情緒反応ではなく、その表出を奨励すべきではない
医療者や遺族に対して怒りを向けてはいけない、しょうがないじゃないの今更というけれども、実は怒りたいときは怒ったらいいのである。問題は医療者が、怒りを向けられたときにどれだけ冷静に対処できるかということである。医療者は遺族が怒りの表現をしたときに、これは怒っているのではく悲嘆しているんだと懐深く受け止め、冷静に対応する必要がある。
「また、置き去りにされた」という怒りの感情はよくある全く正常の情緒的反応である。なぜならば死は、過去の葛藤の解決を不可能にするからである。
11 悲嘆のプロセスは短いほうが良い
理性のコントロールによる悲嘆プロセスの短縮化は、数カ月~数年後に悲嘆そのものが身体症状の形で再発することがある。悲嘆のプロセスはその人固有の期間があり、決して短いほうがいいとは言えない。特に1ヶ月以内で元気になってしまうという人は、病的悲嘆に陥る危険性が高い。
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