ややこしかったのは「大金自慢」の件。
彼は他人の前でお金を見せびらかしたことなどない、という。
でも、景気よく他人におごったり、お金を貸したりはしている。そのことから、大金を持っていると思われてるかもしれない、とは言った。
それは自分の好意の表れで、「困ってる奴におごってやるのはいけないことか!?」と言う。
難しいところだが、それが他の日本人雇用者の耳にも入っている以上、結果的に見せびらかしているのと同じだ。そういう行為を自重してほしいのだが、自分はいいことをしていると思っている彼には、なかなかこちらの意図が伝わらない。
もどかしくなった上に、語彙の少ない私は、ここで不用意に直接的な表現を使った。
「あなた、威張ってると思われてるのよ。気をつけて。」
途端に顔色が変わった。しまった、と思ったが遅かった。
そうだった。プライドの高いインドネシア男性にとって、陰口を叩かれることは、人前での叱責と同じくらい屈辱的なことだったのだ。
以前、友人の運転手が自ら辞めた後に、彼が働いていた不正の証拠が出てきたことがある。友人がそれを別の友人に愚痴ったところ、まわりまわってそれが当の運転手本人の耳に入った。その運転手及びその家族はたいそう憤慨し、その噂の出所を突き止めて警察に訴えると息巻いていたらしい。
私はその話を知っていた。彼らがそのくらい世間体や評判を気にする傾向にあるのだということを知っていた。なのに、うっかり失念していた。
そこから彼の関心は、不注意な自分の行為よりも、もっぱら陰口の犯人探しに注がれることになった。
それを誰が言っていたかにこだわり、私の話は一切耳に入らなくなった。
実はこういう、他人からの伝聞をもって責めるやり方は、私の最も嫌いなやり方のひとつではある。
直接「君は○○だ」と注意されるのではなく、「みんなが君を○○だって言ってるよ」と言われるのは、とても気色が悪い。私自身もその経験が売るほどある。
だからそういう言い方をせざるを得ない時は、できるだけ具体的に、「こういう場面でこういう人たちにこういう風に言われていたから、気をつけた方がいい。」ということにしている。その方が、言われる相手だって気をつけようがあると思うからだ。
ただし、それは分別ある大人の場合。言われた自分を省みるより、言った相手を責めることに執着する相手に、ニュースソースを明かせるはずがない。
彼はさんざん粘ったが、どうにも私が口を割りそうにないとわかると、がっくりと肩を落として帰っていった。私自身も、結果的に自分でもイヤだと思う方法で彼をやり込めた形になり、後味が悪かった。
そしてその翌日から、彼の得意な「必殺不機嫌攻撃(とにかく一日ぶすっとしている)」が始まった。

分別ある大人ってこんな感じかしら
すみませんまだ3歳でした