学期が終わるたびに、何人かが日本に帰っていく。気がつけば、滞在一年半ですっかり「古い方」になっている。そんな状況にもだんだん慣れるのかな、と思っていたら、付き合いが長くなるだけつらくなる。
中でも今学期の別れは、近い人が多く、ちょっとせつなかった。
まずAちゃん一家が、31日に発った。
Aちゃんは4号の大の仲良し。Mちゃんをライバルとするなら、こちらは凸凹コンビとでも言おうか。よく一緒にお絵かきや宿題をしては笑いあっていた。席が隣になった時は大喜び。交換したたくさんの手紙には、どれも「だいすきだよ」と書いてある。おっとりして優しい話し方をするAちゃんは、我が家の子ども達にも人気が高かった。
時に意思の強い面を見せることもあって、4号と競い合っているうちに、2人で
3メートルの飛び込み台から水深4メートルのプールに飛び込んだ時にはびっくりしたなあ。
お母さんのKさんは、遊びに行くといつも、甘くて冷たい紅茶と朝日新聞を出してくれた。
子どもが幼稚園で時間があった頃は、たくさんいろんな話をした。新聞に載っているニュースのこと、子どものこと、学校のこと、家族のこと、ここでの暮らしのこと、日本に残してきた両親のこと。
どれもひとつひとつはたわいない話なのだけど、安心して話せて、居心地がよくて、いつもあっという間に時間が経った。
Kさんはよく「私なんか何もできなくて」と言ったけれど、そんなことはない。あんなふうに、
誰も傷つけることなく楽しい話題を提供できるっていうのは、簡単そうで実はとても難しいことだ。すばらしい才能だと思う。
ご主人がいつも早く帰ってくるらしいけど、その気持ちがわかる。生まれ変わって男になったら、こんな奥さんがほしいと思う。(自分がそうなることはすでにあきらめた)
そして3日、Mちゃん親子が発った。
おませで、愛嬌があって、物怖じしないMちゃんにかかれば、どんな男もたちまち「奴隷」だった。
体重120キロのアメリカ人のオッサンでさえ。まさにクレしんのねねちゃん状態である。
4号とは数知れず衝突し、流血しないで済んだのが不思議なくらい(いや、私の知らないところでしてたかも)。それなのに、いつもくっついていて、放課後も遊びたがる。かけがえのない友達だった。
忘れてはいけないのが、彼女の兄Rくん。2号と同じ学年で、やっぱりとても仲がよかった。
体が大きくて不器用でストレートにぶつかっていくので、ジャイアンタイプかと誤解されやすい。
が実は、誰にでも優しくて、正義感が強くて、困ってる人を見たら黙っていられない。授業中もみんなを笑わせ、楽しませる。率先して動き、大きな声を出し、盛り上げる。おとなしい「いい子」の多いクラスで、ムードメーカーであり、貴重な存在だった。
ママのNちゃんは、パッと見「ヤンママ」(死語?)以外の何者でもない。おまけにはっきりモノを言うので、誤解されやすい(ん?誰にそっくりだ)。一本気で裏表がなく、さっぱりした人だ。
でも実は、シャイで、意外に堅実で、体育会系のがんばり屋で、おまけに苦労人だったりする。
盆踊り大会でサッカー部の店を出した時、一緒に店番をした。そのお好み焼きを売った時の手さばきが忘れられない。首にかけたタオル、紙一枚ひいただけで焼きたてのお好み焼きを持つ手の皮の厚さ、宙に舞う鰹節、飛び散るソース。その働く姿はあまりにかっこよかった。
つり銭を勘定しながら、この人、口だけじゃなくてちゃんと
やるときゃやる人なんだと思った。
一年生女子は2人を欠いて、4号とSちゃんの2人だけになってしまった。ジェントルな3人の男の子と合わせて、たった5人のクラス。その寂しさに慣れるまで、しばらくかかるだろうな、親子とも。
でも、もうしばらくここでがんばります。みんながそれぞれの場所でがんばるように。
仲良くしてくれてありがとう。元気でね。またきっと会いましょう。

思い出に我が家でお泊り会をした日の朝
左から、Aちゃん、4号、Mちゃん、Sちゃん
一人っ子のAちゃんSちゃんは初外泊だったらしい
興奮しすぎて5時間くらいしか寝てません