2008-07-07(Mon) 16:43:42
義務と権利、どちらも行使するのは人間だから難しい。
先日、友人と運転手の休日の話になった。 休日を要求するのは、労働者として当然の権利だと思う。もちろん、要求する方法や時期など、最低限のルールは守った上でだが。 だが友人は、運転手から休日を要求するのはずうずうしいという。超買い手市場の現状から言って、被用者は雇用者にに気を遣い、恐縮しながら休みを要求してしかるべきというわけだ。なるほど、彼女の運転手さんは恐ろしく腰が低い。 私は、休みがほしい時は遠慮なく言ってほしいと思う。一日15時間労働、しかも土日もほとんど休みがないうちの運転手さんの労働環境を考えたら、たまの休みくらい好きな時にとらせてあげたいと思うからだ。それさえも、こちらの用事で休ませてあげられないことも多い。 (今、「鬼!」と思ったでしょ?でも、自分で車を運転できないとどうしてもこうなる。企業には、24時間勤務の運転手さんもいるくらい。) 使用人側から要求されたくないと思うこと、なるべく要求を呑んであげたいと思うこと。そこにはどちらも多分に感情が絡んでいる。それはそれぞれ運転手が(その性格にもよるが)、押さえつけられて反発すること、甘えて増長することの危険を孕んでいる。 感情だけでは、うまくいかない。 ここは契約書を熟読し、そこに書いてある権利と義務を読み取って、それから理性的に判断するのが理想だろう。ってことで、会社の作った契約書を開いてみる。 該当する休日に関する記述はたった1行。 「運転手の有給休暇は年間12日とする。」とある。 (これが超買い手市場の現実。ええ、自分でも「鬼」だと思うさ。) ってことは、12日までは被用者は相手の都合に関わらず堂々と要求でき、それ以上は雇用者は相手の都合に関わらず堂々と断れるってことだ。 だが実際、人間対人間のつきあいで、こんなことはあり得ない。 当然の権利も、高飛車に要求されるとおもしろくない。 当然の義務も、上から押し付けられるとおもしろくない。 互いの都合を考慮するからこそ、信頼関係は生まれる。 理性だけでも、うまくいかない。 相手に、「義務を果たしたい」、「権利を守ってあげたい」と自発的に思ってもらうことが、スムーズに行くコツだと思う。 そのためにはまず自らが、積極的に相手の権利を守ること、義務を果たすことだ。 これは、道徳的な戒めではない。相手の感情を考慮した、理性的な戦術でもある。 相手には(よい意味で)感情的に、自分には理性的に。 陳情書は未だ保留になっている。 だから、通った後こそ肝心だと思ってる。 今後、権利の行使者が、その権利が保障された過程を知り、既得権益だと思わないこと。 権利を正当に行使し、同時に義務を積極的に果たしていくこと。 それがどこまで徹底できるか。それは、書いた私に課せられる責任でもある。 |