一ヶ月前にここに書いた陳情書は、「運動会に授乳室を設置してほしい」というお願いだった。
例年お願いしているが、望みは叶うことなく流れているらしい。
ネックになっているのは、「溜まり場にならないか」ということ。教室は冷房完備だからだ。
仕方なく、育児サークル名義でちょっと離れたところにある幼稚部の一室を借りているが、不便なため、利用者はほとんどいない。授乳をしなければならない母親は、救護室の隅で小さくなって済ませているらしい。
今年は、実行委員会宛の文書でお願いしてみた。
趣旨は、育児サークルが専用の授乳室を借りるのではなく、主催者として一般開放の授乳室を設置してほしいということ。
ただ、実質的に利用者のほとんどはサークル員になってくるので、サークルの責任として「マナーの厳守を部員に周知徹底する」など4項目を上げた。
第1回目の結果はNO。理由ははっきりしなかったが、なんとなく分かる気がした。
当地の運動会は、今回で31回目。在留邦人の結束が固く、参加者も多かった「古き良き」時代の運動会をそのまま引き継いでいる。規模を維持するため、各組の監督をはじめ実行委員会のみなさんは、各競技の参加者集めや企業からの協賛品集めに多くの精力を注ぎ込まなくてはならない。
それでなくとも、実行委員はほとんどが1回限りで、何もかも初めての経験なので、見直しや改革をするまでの余裕がない。とにかく今年を無事終わらせるだけで、精一杯なのである。
海外駐在員の激務をこなしながら、夜の会議に出て、周囲に頭を下げて回る。そんな役目を引き受けて下さっている方々に、それ以上無理は言う気にはなれなかった。
そして、無理を言えない理由はこっちにもあった。
当初の懸念であった「目的外の使用」を防ぐために、私は、設置にあたっての条件の中に、係員の常駐をあげた方がよいと考えていた。が、サークル員にそこまでの気持ちはなかった。たとえ30分ずつでも、当番をするのは無理だと言う。リスクを負わずに要求だけを通すのは難しい。
そして何より拍子抜けしたことに、いざ参加者を調べてみると、乳幼児の参加者が少なかった。
地域の運動会とはいえ、メインはどうしても学校。若い家族にとって、暑い中、わざわざ乳児を連れて来る意味はない。参加する乳幼児のほとんどは、学校や幼稚園にきょうだいがいる子ばかりだった。それでなくても鳥フルの影響か、乳幼児連れの駐在員は減っている。
結果、参加者の中で授乳中の親子はわずか2組だった。
調和や伝統を重んずるあまり、役員の負担ばかりが増しているコミュニティ。
そんなコミュニティに貢献も期待もせず、もはや帰属意識さえ薄いと思われる若い世代。
その結果、役員世代の負担はますます大きくなる悪循環。
日本でさえそうなのだから、無理もない。ほとんどの人が、ここには数年しかいないのだ。
が、しかしだ。
必要な人が一人でもいる限り、そのニーズに応えるのが代表者の務めだと、私は思っている。
乳幼児の親向けの講座では、託児をつけるのが主催者の義務。車椅子の子が入学するなら、スロープをつけるのが学校(その母体となる市町村)の義務。
それはいろんな人を認め合うコミュニティの、共生の基本だと学んできた。
それから、やりとりすること数回。
結果的に、私が責任者になることで「救護室を授乳に利用できる」ということになった。つまり、今までの現実を公認する形である。椅子もついたても何にも要らないから(そりゃあったらあったでうれしいけど)、とにかく掲示をしてくれとお願いした。
「ここで授乳やオムツ替えもできます」と。
紆余曲折したせいで、間に入ってくださった学校の先生や実行委員長さんには、ずいぶん手間をかけた。夜の会議だろうがなんだろうが、お願いする以上私自身が出るべきだったと反省している。
幼稚園の部屋はもう借りなかった。
前例や規定が重んじられるこのコミュニティで、たとえ間借りでも、「授乳室が設置された」という事実が作りたかった。それさえあれば、いつか自立したママ達が乳幼児を連れてこの町に来た時に、独立した授乳室にすることだってできるかもしれないから。
もちろん、それその当のママ達が選んでいくことだけど。
ただ1枚の案内掲示。誰も気づかないような小さな小さな一歩を残して、運動会は終わった。

領地拡大にはこのくらいの大胆さが必要か
PCを覗き込んでいてそのまま眠ってしまった5号
も、もっすごジャマ