笑門来福ジャワ島日記

5児の母のインドネシア通信
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2010-02-13(Sat) 21:06:41
ネットの調子が激烈に悪く、サイトを見る(しかもたまにしかつながらない)ことぐらいしかできなくなってきました。
今、ものすごく久しぶりにセキュリティをくぐれたので、書き込みしてます。本人なのに。

無事インドネシアに戻ってきています。
お礼や報告のメールもなかなか思うようにできません。
滞在中にお世話になっておきながらご無礼している方々、お許しください。


久しぶりの日本は、なにもかもがきちんとして見えた。
誰にも言われないのにみんなフォーク並びをし、店員は慇懃で腰が低く、列車は遅れることなくしかも乗車位置を寸分たがわずに止まる。病院に行けばすぐに病名がわかり、適切な処方が示される。
スーパーは時間通りに開き、いちいちおつりを確かめなくてもいい!
日本にいた時は当たり前だったことに、いちいち感動してしまった。日本人ってすごいですよ、日本のみなさん。

日本では、ルールとかマナーとかに守られている代わりに、こちらもそれを守ることを要求される。
新型インフルが流行り始めた頃、みないっせいにマスクをしたのも、マスクをしていない人を白い目で見たのも、日本人だけだったということの意味が、よくわかる。もちろんその効果もあっただろうし、そうやって守られてきたものもあると思うので、それが一概に悪いこととは思わない。
日本社会が秩序と自由を秤にかけて、前者を採ってきたということなのだと思う。そして、ちょっと窮屈ではあるけれど、それが日本人の気性や文化や風土に合っているのだろう。
ただ、海外ではその「秩序」が保障されてはいない、というだけで。

靴を履き替える習慣がない2号が、持参物に「上靴」とあるのを見て、上靴で学校に行こうとし、上靴で帰ろうとしたことを笑えない。
私も、2週間でレジ袋10枚くらい買った。

戻りの飛行機がインドネシアの空港に着いた時。
まだ飛行機が動いているのに大勢の人が立ち上がって荷物を下ろそうとし、CAがあわてて注意しているのを聞いて、「ああ、インドネシアに帰ってきたなあ」と実感した。
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ここで思うことTB : 0CM : 2
  [ 故郷は 遠くにありて どう思う? ]
2010-01-18(Mon) 09:28:04
先日、5号の通う日本人学校の付属幼稚園で、餅つきが行われた。
私も手伝いにいったけれど、日本でやるのとは勝手が違い、蒸し加減とか水加減とかつき加減とか、なかなか微妙で難しかった。と、いかにも知ったふうなことを言ってみたが、よく考えたら日本ででさえほとんどやったことがなかった。
でもま、出来上った餅はそこそこおいしく、子供たちはとても喜んでたくさん食べてくれたのでよかった。ここでは日本の餅はたいへんに高価(よくある1kgパックで2千円以上する)で、滅多に食べられないので、「餅らしきもの」なら何でも喜ぶ、とも言えるが。

09ばる餅つき 010

前にコメントでも指摘されたように、ここには日本以上に日本的行事があるかもしれない。書き初め、七夕、勧進帳。海外にいるからこそ、子供たちに四季のある日本の文化を経験させたいという思いが強くなるのだろう。その一心で、写真のような臼をはじめ、入手困難であろう日本の道具や材料を揃えてこられた先生方や日本人社会のみなさんには頭が下がる。

そういえば、1号の卒業式の衣装も純和風に決まった。

小中とも私服であること、安く服が作れること、セレモニーにはちゃんとドレスアップする習慣があることなどから、毎年卒業生はおそろいで衣装を作ることが多い。大抵は、ここの特産であるバティック(ジャワ更紗)を使う。小学校を卒業する2号は、みんなでバティックのシャツを作った。

さて、中学校を卒業する1号。女子4人だけの学年、しかも中学卒業生に女子がいるのは3年ぶりということで、華やかにしたいね、と話していたら、チャイニーズ・ママが「はかまはどう?」と言い出した。以前友人のお子さんが着ていたのを見たらしい。
実は、この4人のうち、うち以外の3人はすべてインドネシアや中国などの国際結婚家庭の子女。みんなはかまという提案に大喜び、即決定となった。

日本人学校に通う国際結婚家庭は、日本人以上に日本への思い入れが強いように思う。憧れ、と言ってもいいかもしれない。特にイネ人にとっては、レベルも授業料も高い日本人学校に子供を通わせていることは、ステイタスでもあるようだ。

以前、こんなことがあった。
PTAの仕事で、エコバッグを作った。刺繍で学校名を入れる段になり、日本人は、せっかくだからインドネシア語「Sekolah Jepang」で入れようと提案。が、イネママたちが反対し、せっかくだから日本語「日本人学校」で入れようと言う。と今度は日本人が反対。結局、間を取って(シンガポールあたりか?)英語「Japanese School」で入れた。
それぞれ自国への微妙な距離感が垣間見えて、おもしろかった。
確かに、「日本人学校」って縫い取りの入ったバッグ、日本じゃちょっと使えないよね。

さて、はかまである。
決まってから、はたと気づいた。繰り返すが、「実は、この4人のうち、うち以外の3人はすべてインドネシアや中国などの国際結婚家庭の子女。」
つまり、母親は中国人2人に、インドネシア人1人。みんな、「ところでどっからどこまではかま?」みたいな状態。もっと悪いことに、どうやら「日本人ならみんなはかまが着られる」と思っているらしい。

し、しかたない。
剣道初段および成人式&大学の卒業式にはかま着用歴があるだけの私が、それ以前に日本人であるというだけで、主婦の友社刊『かんたん着付けと帯結び』に首っ引きで準備すること2ヶ月。ようやく試着にこぎつけた。

ご覧の通り、まだ首元と足元が未完成。
どなたか、はかまの着付けのアドバイスがあったらください。
あと身近な外国人に、「日本人もはかまは滅多に着ないし、餅もつかない」って教えといてください。

餅つきもはかまも、きっとたまにだからいいんだと思う。

100_0189.jpg

中2人の着物はバティックで作りました
上下(?)で3千円くらいでできちゃいます
(1号は赤い着物)
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  [ すべてをあるがままに(そんな大層な) ]
2010-01-04(Mon) 19:48:48
寒くない冬休みが終わり、今日から子どもたちは学校。

わたしはここで、「家事はすべてメイドさんがしてくれるけど、毎日必ず朝昼夕の3回、片道30分かけて学校への送迎をしなくてはならない」という、「暇なのに忙しい」生活を送っている。
1、2年目は5号がいて行動もままならなかったが、3年目になって彼が幼稚園に入ると、2~4時間ごとに学校に行く合間にいろんなことができるようになってきた。
それがうれしくて、あちこちでたくさん皿を回してたら、皿(しかも一番大事なのが)が落ちそうになってきた。それで、しばらくブログもお休みした。
2年間の「時間つぶし」生活でだいぶ勘がなまったのか?
いやいや、見込みが甘いのは昔から。つい「まだイケる」と思ってしまう。

インドネシア人は、約束や時間を守らない、人が多い。
この前、イスラム教の本を読んでいたら、納得できる記述があった。
イスラム教で何よりも大事なものは「神の思し召し」。その前では、たかが人間の約束など破られて当然。というか、そもそも人間は弱いものなので、約束は破ること前提でするものらしい。だから、守れそうにない約束も簡単にして、簡単に破る。(繰り返すが、そうじゃない人もいる。)
道が混むのも、出掛け際に友達が訪ねてくるのも、約束そのものを忘れていたのも、すべて神の思し召し。
日本では、何が何でも約束を守ることが誠実で価値あることだが、イスラムでは、神の御心に従いその流れには逆らわないこと、つまり起こる出来事に誠実である方が大事なのだそうだ。
「人間は強く、意志の力で運命は変えられる」という西洋的思想とは対照的だ。

それはしばしば、「約束を守る気がない」態度に見え、狭いコミュニティの中でストレスになったりすることもある。そういう人だとわかちゃいるのに、遅刻常習犯のイネママには「みんなを待たせないでよ。」と思ってしまう。あっちから見たら、「時間にちょっと遅れるくらいでなんでそんなにカリカリしてんだ。」って思うだろう。国際理解って、ホント難しい。

まあそれはさておき。
暇を持て余して腐ったり、むやみに用事を増やしてテンテコマイになったり、を繰り返している私。自分の力で(ある程度)環境を変えることはできるようになったが、そこから先が問題。
時間があってもなくても、それはそれで受け入れて楽しめる。インドネシア人の極意には、まだまだ遠い。

かば

冬休み 幼稚園のお友達と行った動物園のカバの赤ちゃん(たぶん)
気持ちよさそうに水中お昼寝中 というかいつ起きてるんだ
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  [ 島時間 ]
2009-08-08(Sat) 23:49:40
日本人会のクラブハウスに備え付けの雑誌が何冊かある。
そのうちのひとつ、週刊新潮の7月30日号を開いたとたん、見覚えのある風景が目に飛び込んできた。

週刊新潮

2年半前までの3年間、私たち家族が住んでいた島だ。巻頭グラビアのしまめぐりで特集されていた。

人口250人周囲7kmの、日本海の荒波に呑まれてしまいそうな小さな島だった。
生活施設は、学校と公民館と小さな商店2軒と自販機が2台あるだけ。スーパーもコンビニも食堂もレストランも病院も郵便局も銀行も派出所も役所もガソリンスタンドも信号も、なーんにもなかった。
つまりは農漁業以外の仕事がないので、島には若者がほとんどいなかった。

でも、対岸本土の生協から週に一度荷が送られてきたし、インターネットで本や服も買えた。水も電気もガスも電話も普通に使えたし、トイレも水洗だった。それほど生活が不自由だとは感じなかった。

なにより、時間と自然と人情は売るほどあった。
いつも新鮮な魚や野菜に恵まれ、子どもたちもたいそうかわいがってもらった。5号の妊娠・出産・授乳期をここで過ごせたことは、ずいぶん私を救ったと思う。

一年前の一時帰国の時、我が家は何をおいても、とこの島を訪ねた。
親交の深かった人々は温かくもてなしてくれたが、それ以外の人は反応が薄かった。顔を見て「ああ」という感じ。こっちが勇んで来た分、勝手に寂しく感じて、思い当たる。

そっか。
外に(しかも外国に)出て、いろんな体験をして戻ってきて、ああ久しぶり、懐かしいわって思うのは、こっち側だけなんだ。
島には、私たちのいなかった間も、変わらない時間がずっと流れていて、みんなそこで変わらずに生活してるんだ。
一年半ぶりどころか、親族だって何年も会わないのだ。街で就職してしまった子どもや孫。廃屋とお墓を残したまま、もう帰ってこない人もきっと。

写真で見る島にもやっぱり、十年一日の変わらない空気が流れていた。

ふと3号が、小さな写真に小さく写っていた農作業中の男性の姿を見て、「あ、○○さん」と声を上げる。挨拶くらいはしたことがあるだろう、程度の私にはまったくわからない。
3号はきょうだいの中でも特に人懐こく、よく知らない家に上がりこんでお茶をよばれていた。

島の変わらない時間は、今も子どもたちの中に流れている。
来年帰ったらまた行こう。そのことを確かめに。
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  [ ウサギ放牧 ]
2009-05-20(Wed) 20:36:21
ウサギの名前が決まった。
ちょっと大きくて腕白な茶色いオスが『キャラメル』、小さくておとなしい、グレーのメスが『タルト』。
メイドさんと買出し中、ウサギの餌の話になり、メイドさんがポロッとこぼす。

「そういえば、タルトが昨日から下痢をしている。今朝も元気がなかった。たぶん(死んだオレオと)同じ病気。」

血の気が引く。タルトは体が小さいだけに脱水は命取り。あっという間に弱る。
こんな日に限ってレジのお姉さんがとろくさい。イライラしながら買い物を終え、車に飛び乗る。

車の中から、猫を飼っている友人に電話。近くの獣医を教えてもらう。「ウサギを病院に連れて行く。」と言うと、運転手さんがびっくりし、そして笑い出す。
「え~、無理だよお。わはははは。」
イネ人的にはたぶん、「カブトムシを病院に連れて行く」くらいの感じなのだろうと思われる。(カブトムシを病院に連れて行く人がいたらごめんなさい。)
病院に行けずに亡くなる人がいる国なのだ。それはわかってはいるが、目の前にある小さな命を放ってはおけない。

帰って確かめてみると、下痢をしていたのはタルトではなく、キャラメルの方だった。しかも今朝からは止まっており、食欲も元気もある。様子を見ていいだろうということで、結局獣医へは行かなかった。

その後、メイドさんが
「ママさん、ウサギ庭に放しちゃダメなの?その方がお日様にも当たって、ウサギが元気になるよ。」
と言ってきた。

は、放す!?

だって、猫とか来るじゃん?蛇も来るかもしれないじゃん?
(すでに私の頭には、ニワトリを丸呑みにする蛇の映像が浮かんでいる。)
門の下や垣根の隙間から外に出たら、車に引かれるじゃん?
ウサギの飼い方の本には、食べていい草といけない草があるって書いてあったけど、そもそもこの庭の草が何なのかもわかんないじゃん?

数々の心配を言い表すインドネシア語を探して口をパクパクさせている私を尻目に、メイドさんはさっさとウサギを庭に放す。

ウサギ、めっちゃうれしそう。

庭をピョンピョンと駆け回る。想像以上に早く走る。朝露のついた庭草をハムハムと食べる。

ううむ。

QOLという言葉がある。クオリティ・オブ・ライフ。人生の質。もちろんそもそも人間のための言葉だ。
でもきっとウサギにもQOLはあるだろう。狭いゲージの中で、安全に長生きして、果たしてウサギは幸せか?
し、しかたない。朝だけよ。←器の限界

跳ね回るウサギを見ながら、私の中の「常識」を考える。
日本人の私にとって「ウサギは檻の中で飼う」のが常識だった。でも、それはここでは笑い飛ばされるようなことだった。

私は同じことを子どもにしてないか?
親として「これが常識」という価値観のもと、子どもを見えない檻に入れてないか?
「このくらいは当たり前だ」と強く思う時ほど、「ホントにそうか?」と疑う自分を忘れずにいたい。

キャラメル2

本の中の『まれに人間のことばを理解する賢いウサギがいます』という一文に
1号が「キャラメルかタルトのどっちかがそうよ」と自信満々に言う
あなたでも理性を失くすことがあるのね
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  [ 『ぽんぽこ』見てました ]
2009-05-10(Sun) 11:12:03
子どもが借りてきた『平成狸合戦ぽんぽこ』を見ていて、「ああ、そうなのよねえ」と妙に納得してしまった。

子どもを持つお母さんなら、誰でも経験があるだろう。
夫の帰りの遅い夜、子どもが急に高熱を出す。夜間外来の時間も過ぎている。こんな時間に上の子をあずかってくれるところもない。もしひきつけたらどうしよう。悪い病気だったらどうしよう。子どもの顔を見ながら、不安に押しつぶされそうになりながら、まんじりともせず夜を過ごす。
そのうち、帰ってこない夫や帰してくれない会社、日本の社会や昼間のあれこれなど、ぜんぜん関係ないことにまで理不尽な怒りが沸々とわいてきたりして。不安は時に人を攻撃的にする。

日本で、健康体の子でさえそうなのだから(ただしこれは経験や知識でカバーできるようになる)、医療事情の悪いところや、基礎疾患のある子はなおさらだ。
ここでは仕事柄、出張や工場勤務で家を空ける父親は多い。おまけに、赤痢やチフスといった、日本ではもう聞かないような伝染病の類もあって、病気のバリエーションも幅広い。病院は言葉もしっかり通じず、診断も治療も行き当たりばったり(に見える)。
母親の不安は尽きることがない。

じゃあ、病院も情報もない太古の人間は精神的にずっと強かったかというと、そうでもない、と私は思う。そこに宗教の役割がある。神様にすがり、お任せすることで、心の平安を得ていたのだろう。
踊り念仏にはまり、最後には集団で死出の旅に出てしまった古狸の一団のように。
スピリチュアルなものは、今でも多くの人の支持を得ている。

いやいや、子連れで死出の旅に出るわけにはいかないので、ここで踏ん張る。
かといって、ゴンタさんたちのように、怒りに任せて正面突破を図り、玉砕するのもごめんだ。
不安をごまかしたり爆発させたりするのではなく、折り合って生きていく方法を見つけなくてはならない。

その方法は人それぞれ。
わずかに残った緑地に隠れ住んだり、繁華街でごみをあさったり、人間に変化して暮らしたり、狸たちがそれぞれだったように。

まずは自分を鍛えよう。
情報収集はするけど、丸呑みはせず、咀嚼する。カミカミカミカミ。いらないものは「ペッ」と吐く。有益なものだけを取り込む。そうやって、情報を上手に消化する術を身につけよう。
インプットは簡単、肝心なのはアウトプット。その情報を日常にどう活かすか、だ。消化した情報は血や肉にしよう。行動する筋肉をつけよう。でないとただの情報デブになっちゃう。
ちょっと俯瞰で見て、自分のポジションやテリトリーを確かめるのもいいかもしれない。わからないこと、できないこと、力の及ばないことに苛立ってもしかたない。

「どっこい生きている」強く賢い母でいたいと思う。こんな時くらいは。
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  [ インドネシアの現実 ]
2009-04-07(Tue) 22:49:55
のんきに旅行を振り返っている間にも、いろんなニュースが。

まず、旅行記にも書いたバリの野犬について。

3月30日(月)バリ島バドゥン県畜産局はPecatu村で野犬の大量駆除を実施。ウルワトゥ観光地区の10頭を含む110頭の野犬を処分した。
畜産局によれば、今後も野犬の大量処分を実施する予定であり、クタ南地区及びクタ地区で、それぞれ4月18日と19日に実施予定となっている。


うーん、そっちか、バリ政府。その後も、処分のニュースは続いている。

バリの野犬保護活動について、こんなサイトを見つけたので参考まで。
http://plaza.rakuten.co.jp/vegan/diary/200904040000/

インドネシアのジャカルタ近郊タンゲランで27日にダムが決壊して洪水となった事故で、28日までに91人の遺体が確認された。地元紙コンパス電子版などが伝えた。さらに約100人が行方不明になっており、犠牲者の数はもっと増えそうだ。

ダムはオランダ統治時代の33年に建設。ジャカルタ・ポスト紙によると、老朽化が進んで07年には放水路に亀裂が見つかっていたが、行政は適切な対応をとらなかった。(以上、3月28日23:35付朝日新聞から)


人災やん。

「事故がないのが不思議」な道路や施設は、ここでも多く見かける。
聞くところによれば、予算がついても工事しない(ういたお金は役人へ)、手抜き工事をする(ういたお金は会社幹部へ)、監査機関も見て見ぬふり(もちろん見返りあり)だとか。
汚職の泥沼、きりがない。

日本上空では、ミサイル(?)が通過した。

そういう現実があって、対処しなければならないのはわかる。
増えた野犬は減らさねばならぬ、話を進めるには賄賂を渡さねばならぬ、落ちてくるミサイルは打ち落とさねばならぬ。それはわかるし、何もしないよりはましかもしれない。

でも、その先に何があるのかな、と思う。
インドネシアや日本の政治家には、それが見えてるのかな。「一時しのぎ」や「報復措置」の果てに、とんでもないところに出てきたりしないのかな。

理想のゴールと、現実の道のり。そのバランスが大事だと、つくづく思う。

ふと心にひっかかった、とあるサイトで見つけた文章。

大人になった今では「戦争はなくならない」と思っていること、会社でのアレコレも「そんなものだよ」で片づけていること、「そうはいっても現実には…」で弁解していること。「あきらめてしまうことで、できないことがあるんじゃないか」。そう言われた気がした。

がんばれインドネシア。がんばれ私。がんばれあなた。
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