笑門来福ジャワ島日記

5児の母のインドネシア通信
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  [ 粉骨砕身 ]
2010-01-24(Sun) 04:24:29
今日から2週間、1号&2号の受験付き添いで帰国。

いろいろ考えたが、諸状況を鑑みて5号は置いていくことに。
周囲のみなさんが留守番を快く引き受けてくださったのがありがたかった。

実は昨日、5号の肩の様子がおかしいので病院に連れて行ったら、鎖骨が折れていた。
しかも、折ってからすでに一週間が経過していた。
それでもって、もう治り始めていて、治療も固定も要らないというので、
このまま置いていくことにした。

特に痛がらず、上げたり回したりもできて、見た目も全く変わらなくても、
鎖骨は折れている(ことがある)。
勉強になりました。とほほ。

周囲のみなさんの気遣いや親切が骨身に沁みた。シャレてる場合か。

留守中の父子もがんばってくれることだろう。
私は引率の任務を遂行するのみ。
受験はもう本人たちにまかせるしかない。

いってきます。








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  [ 大器晩成?(『龍馬伝』より) ]
2010-01-10(Sun) 22:56:43
ブログを休んでる間に学校でも大きな行事があり、やたら「じゃかるた新聞」に露出した2号。

11月前半、国際文化交流会。
簡単に言うと、ローカル校との合同文化祭のようなもの。といってもメインは日本人学校で、他の3校はゲスト出演といった感じだが。

2号、3号属する日本人学校の5、6年生は歌舞伎でおなじみの『勧進帳』に挑戦。
2学年の中でもチビから2番目の2号が、弁慶を引き受けてきた。なんでも「3秒以上の沈黙に耐えられなかった」らしい。
先生「弁慶やりたい人~?」1、2、3、で2号挙手。のび太かよ。

決定の直後、2号はとんでもない失敗をやらかした。9月に転出していく生徒のお別れ会で、校歌の伴奏をすることになっていたのをすっかり忘れていて、まったく練習しておらず、伴奏がはちゃめちゃだったらしい。
珍しく父が烈火のごとく怒り、「弁慶なんかやめちまえ!!」と怒鳴られた。

体が小さいハンデの上に、汚名返上のプレッシャーまでかかった舞台。が、彼は持ち前のマイペースをくずさなかった。

本番、舞台はなかなか好評だった。弁慶が義経に切腹を申し出るシーンでは、不覚にもホロリとさせられた。←歳
それは、まるでその役をやるためにここに来たかのような、義経役と富樫役の二人の好演によるところが大きかったと思う。



もちろん彼もよくがんばっていた。長い台詞も難しい立ち回りも、無難にこなしていた。
でもね、実は母はまだまだできたと思っている。
親が言うのもなんだが、彼は器用だ。勉強も音楽も運動も、やればそこそこできる。そして、そこでやめてしまう。結果、きれいにまとまってはいるけれど、それだけだ。中途半端だと、私はよく彼に言う。

11月後半には、職場体験学習で楽器工場へ。

100_0182.jpg

きっと彼自身、壁にぶつかる日が、マイペースを通せなくなる日が来るだろう。その時には、みっともなくても、がむしゃらにその壁にぶつかっていってほしい。そのことが、きっと彼を成長させる。
そして、どんなに危なっかしくても、それを黙って見守ること、間違っても壁を事前に回避させようなどとしないことが、たぶん私の課題だ。

今は、魂を揺さぶられる体験をたくさんしてほしい。そのためのアンテナを、彼は持っているから。親が言うのもなんだけどね。

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  [ 3度目のお正月 ]
2010-01-02(Sat) 22:23:52
Selamat Tahun Baru!!(あけましておめでとうございます!)

といってもここでは、ただ単に「西暦が変わるだけ」の日。
一応1日は祝日だけど、2日からは会社も学校も通常通り。
お節もお年玉も初詣も福袋もない暑いお正月も、3度目を迎えた。

今日、子供たちは学校の宿題の書初めをしていた。
…はずが、気がつくとこんな作品の山。

09冬 073

冬休み、アニメDVDにかなり侵されている様子が伺える。
後段中央『ラィララィラ… おやじ』の出典はこちら↓。

09冬 059

あまりに寂しい年越しに耐え切れず、寄り集まって紅白視聴中の日本人。
『チャンピオン』を熱唱するおやじ2名と、間に挟まれて困惑する若者。
完全に「駅前の大型スクリーンで母校を応援」のノリ。
国内にいた時より、熱心に紅白を、そして「日本」を見てると思う。

正月はそんなこんなで明けました。
お互いよい年にしましょう。

家族の毎日TB : 0CM : 12
  [ スケッチ大会 ]
2009-10-01(Thu) 21:26:51
気がつけば10月。

夏休みの報告が終わらないうちに、ハリラヤ休み(イスラム教のお正月)も終わってしまった。
その間にもいろいろなことが。

埒が明かないので、マレーシア旅行記はぼちぼち書くとして、たまっている日々の生活のあれこれを書くことにする。

9月上旬、スケッチ大会。

これは今年初企画の行事。学校バスを購入したこの機会に、教科の中での国際理解を図ろうと、現地素材を使ってのスケッチ大会が計画された。
1~4年はモスク・アル・アクバル。
5~6年、中学生はガプラ・パジャンラトゥ遺跡(何度聞いても覚えられない)。
なお、この行事では、保護者も参加して施設や子どもの様子を参観することができた。

なかなかよい試みじゃないの、と学校も保護者も当日を楽しみにしていたところ。
友人があるムスリム・ママに言われたらしい。

「生理中の女性は敷地に入れないって、みんな知ってるよね?」

・・・・・・・・・・知ってるかな?

つか、知識としては知ってるが、日ごろそんなことを意識しないので、ついうっかり、という人はいるかも。
おりしもこの時期断食中。
ムスリムは宗教心が高まると同時に、空腹のためにややイラついてる人もいる。
宗教上のトラブルはシャレにならない。

さて、それから追加のお知らせ(服装や儀礼の注意)を出したり、断食中の人の前で飲み食いするのは無作法とされるため、水飲み場目隠し用衝立を準備したり、学校側は対応に追われたようだ。

そもそもこんなデリケートな時期に、異教徒がモスク敷地内に入ることに無理がある、という意見もあった。(建物内にははなから入れない)

ここに来て、つくづく思う。
私の、私の周りのコミュニティの、そして日本人の価値観は、世界中にあまたある価値観のひとつにすぎないのだなあ、と。
善悪でも正否でも上下でもなく、それらはばらばらとそこにある。

世界から見ればちっぽけで、他人から見たらくだらなくても、
本人にしたら、命にも代えがたいかもしれないもの。

私の中の価値観もきっと、とってもくだらなくて、とっても大切。


ガイドのお兄さんが「このモスクはアジア一です!」と説明
ん?それはマレーシアにあるのでは?と思うも もちろん黙って聞いておく
一心不乱にスケッチに取り組む4号の小さくて大きな背中
家族の毎日TB : 0CM : 2
  [ 怒涛の運動会 ]
2009-07-27(Mon) 21:36:55
起きたら昼だった。おまけに背中が痛い。

昨日は学校&日本人会の運動会だった。地域の大きな行事のひとつだ。

1号。紅組応援団長を務めた。小さな体でチームを必死に引っ張っていく姿に、母の涙腺は刺激されっぱなし。プロデュースから手がけた応援合戦もすばらしかった。

2号。小学部最高学年として、団長1号をよくサポートしていた。組体操では三段塔の一番上で立つ姿がりりしかった。

3号。徒競走は見事学年1位に。組体操も真剣なまなざしでよくがんばっていた。

4号。弾丸娘の本領発揮。かけっこはもちろん1位、全員リレーも休んだ子の分まで激走した。

5号。たぶん自分が何をしてるかわかってない。走る姿も踊る姿もどこかテレパレしている。でも本人としては「がんばった」と言っていた。いいんだ、かわいいから。

夫。親子競技、5号を背負ってまねたコモドドラゴンがリアルすぎて、旗持ち係のお母さんに怖がられていた。

↑なんでこんなに感想があっさりしているかというと、実はあまり覚えてないのだ。

放送係でアナウンスをする合間にピンポン運び競争で走って綱引きで綱引いて(背中の痛みはたぶんこのせい)猿之助ばりの早変わりでよさこいを踊ったら、午前中だけの運動会はあっという間に終わった。

始終、全体の進み具合や次の段取りやアナウンス原稿や呼名用名簿の確認ばかりをしているので、子どもたちひとりひとりの活躍ぶりは見ているようで見えてない。
しかも、それなのに放送ではカミカミだし、よさこいではありえないデトチリをするし。
なんでも安請け合いしすぎなんだよ。キャパ越えてんだっつうの。

それでも、当日初めて成功した組体操の三段塔や、総練習よりずっとよくなっていた紅組の応援合戦は、私のあわただしい時間を止めた。子どもってすごいなあ、と思いながら、出かけた涙をアナウンスのためにあわてて引っ込める。
あとで販売されるCDの写真で、感動をかみしめることにしよう。

残念ながら紅組は負けちゃったけど。
子どもたち、それから同じ係のメンバーやチームのフォローのおかげで、すごく楽しい一日だった。そうだ、一日が早かったのは、きっと私が楽しかったからだね。

打ち上げのビールがおいしくて飲みすぎたら、3時起きの疲れが出てベッドで気絶していた。体力のキャパもかなり小さくなってる気がする。



帰国や転勤のため 初舞台が最後の舞台になったメンバー2名
本番の10月まで2人の分もがんばるわ
それまで引導を渡されないように
家族の毎日TB : 0CM : 4
  [ ムニカ・ラギ(再婚?) ]
2009-06-15(Mon) 09:24:18
新型インフルはついにフェーズ6のパンデミック宣言となったが、それどころではない人がひとり。
運転手のHさんである。

嫌がらせメールの策略にまんまとはまり、夫婦仲がすこぶる険悪になって2週間。
夫婦は、1階と2階に分かれて家庭内別居状態になっていた。まったく口を利かず、Hさんは3食外で済ませていたようだ。

3食外食って日本だとお金がかかってなかなか大変なのだけど、ここではそう特殊なことでも難しいことでもないのだ。街中には、食べ物売りの屋台やらバイクやらがわんさといて、50円くらいでインドネシア版ファーストフードが買える。これはまた別の機会に紹介したい。

そうこうしているうちにある日、Hさんが家に帰ると、奥さんと娘さんの姿が消えていた。大型テレビとパソコンとともに。

学校で張り込み、実家で待ち伏せ、親族に電話をかけまくってようやく奥さんを発見。バイクで片道3時間かかる奥さんの実家まで何度も足を運び、なんとか話し合いに持ち込んだ。

奥さんの出した復縁の条件は、
・うそをつかない
・浮気をしない
・給料は全額そのまま奥さんに渡す(その代わり弁当を作る)
・賭け事をやめる
そして、
・外で働かせてほしい
というものだった。

嫌がらせメールで始まったケンカのはずが、いつのまにかお互いの生き方の問題になってる。夫婦喧嘩は奥が深い(?)。

それにしてもこうしてみると、日本もイネも妻の悩みは同じようなもんだなあと思う。それは、男が同じようなことをしでかすということでもある。
でも、夫婦のことはその二人にしか分からないことも多い。日本人同士でも、アドバイスはなかなか難しいと感じるのに、ましてや異国人、異教徒。私には、黙って見守ることしかできない。

初めの4つまでは承諾したHさんだったが、最後の1つがどうしても呑めず、交渉決裂。Hさんは強引に娘さんだけを連れて帰った。この頃は離婚を覚悟していたようだ。

その後、奥さんが娘さんを取り戻しに来たり、親族交えて話し合いをしたり。
結局、Hさんから、
・不審なメールや電話を信じて怒らないこと
・仕事はしてもいいが子どもや家族を優先すること
とお願いし、復縁となった。

ジャワでは、復縁式のようなものをするらしい。奥さんが実家に帰ったことを近所のみんなが知っているので、無事復縁したこともお知らせするというわけ。近所の人々を招いて、簡単な宴会をしたそうだ。

やれやれ。

ええ、お察しの通り、この1ヶ月、仕事にならないったら。

ここでは、夫婦の揉め事は一家総出で取り組むものらしく。
何度も夜中に奥さんの実家に帰るので、ほとんど寝ずに出勤してくる。運転中も奥さんや両家親族から何度も電話が入る。しかもケンカになって、運転が荒くなる。
娘さんの世話や学校の待ち伏せのため、空き時間にしょっちゅう外出する。電話も通じにくく、こっちが外出したい時にすぐにでかけられない。あわてて帰ってくるので、スピードを出す羽目になる。
挙句に突然休みや早退を申し出る。

このままでは事故につながりかねないと、夫と相談して、しばらく休んでちゃんと問題を解決してくるように言おうとしていた矢先、丸く納まったと報告を受けた。

私たちの行動に合わせてもらうため、彼には定期的な休みがなく、しかも長時間労働だ。つまり、自分の裁量で取れるプライベートな時間がほとんどない。その分、こちらもできるだけ融通したいと思っている。が、こういうイレギュラーな状態になると、モロに影響を受ける。

お願いだから、もうケンカしないでー。

いい仕事をするためには、私生活の充実(特に「家庭の平和」)はとっても大事ね。身に沁みたわ。

そうそう、彼はこの間家を空けることが多かったため、その隙をつかれ、泥棒に家財道具をごっそり持っていかれるというおまけまでついてきた。まさに泣きっ面に蜂。
でも、奥さんが持ち出したおかげで、大型テレビとパソコンは無事だった。人生万事塞翁が馬。
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  [ 絵姿Cちゃん ]
2009-06-02(Tue) 19:25:40
大方の予想を裏切り、実にあっさりと幼稚園生活をスタートさせた5号。

園に着くと、さっさと靴を履き替え、お手拭タオルをフックにかけ、弁当・水筒をカゴに入れ、出席カードにシールを貼り、「じゃあね」と声をかけられて初めて私がそこにいたことに気がついたように振り向き、ニコッと笑って「バイバイ」と手を振る。

おまえ、だましたな。

私がそばにいないと何もできないと思っていたのに。
靴も靴下もはかせてやっていたのに。
「ミンタ・スス~」(牛乳ちょうだい)の一言で、牛乳汲んでやっていたのに。
4号に「5号だけずるい」と言われたら、「だって5号は4号の4つも下でしょ」と返していたのに。のに。のに。

確かに年齢差は4つなんだけど、気がつけば5号も4歳だった。
そういえば、1号が4歳の時には、1歳の2号を風呂に入れていた。自宅玄関で産み落とされた3号の介助をしたのも4歳の時だった。
そりゃずるいよな。

そんな内弁慶ならぬ「内赤ん坊」5号の、意外な弱点発見。

「予定外」に異常に弱い。

お手拭タオルを忘れた、上靴がいつもと違う、そんなささいなきっかけで、たちまち赤ん坊バージョンに戻る。糸の切れた操り人形のごとく、私のひざに倒れこみ、ぷっつりと動かなくなる。幼稚園児バージョンに戻すまで、ひと苦労だ。

中でも最もダメージが大きい「予定外」は、大好きなCちゃんが来ないこと。
Cちゃんは夫の同僚のお嬢さんで、5号と同い年。2年前にいっしょにここに来た、いわば幼馴染である。我が家の家系では逆立ちしても出てこないパッチリ二重に長いまつ毛、お人形のような美少女だ。

Cちゃんがお休みと分かった瞬間、5号はものすごくわかりやすく赤ちゃんMAX状態に突入。私にしがみついて離れない、玄関まで追いかけてきて号泣する。まさに別人である。
「5号くんもやっぱりママじゃないとダメなんですね」なんて幼稚園の先生にヘンな慰め方をされる。
いや先生、違うと思います。

結局、荒れ狂う5号を置き去りにして帰宅。
その後、彼が機嫌を直したきっかけが、先生が作った「5号&Cちゃん人形」(写真)だったと聞いた時には、こっちが暴れそうになった。

ええ私、人形(30代イネ人女性作成、3歳女児モデル、空き箱利用)に負けました。

その後、人形は5号によりセロテープで大事にコーティングされている。
歳のいった母と、3人の姉と、2人のメイドさんに甘やかされて育った男はどうやら、「女」なしでは生きていけない男になってるらしい。
こんなはずでは。

ココ人形

いっしょに映っているのは4号の母の日のプレゼント
「何がほしい?」と聞かれた時ちょうどくわばたりえ結婚のニュースがネットに出ていて
「コアリズムのDVDかな」と言ったらこれをくれた
家族の毎日TB : 0CM : 7

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