一学期最後にして日本人会最大の行事、運動会。我が家は赤組で参加した。
この日、4号には絶対負けたくない相手がいた。
それは、
ばにらの娘Mちゃん。
気が強くて感情の起伏の激しい二人は、よく似ている。普段から、大の仲良しであり、同時に最大のライバルでもある。
Mちゃんは、小1女子にあるまじき身体能力と並外れた運動神経と恵まれた体格を持ちながら、ただ一点
「しんどいのがキライ」なために、持久走などで「いつでも闘魂むき出し」の4号に勝ちを譲っている、。
徒競走では、練習段階から僅差で勝ったり負けたりしていたようだ。半ばあきらめモードのMちゃんに対し、闘魂4号はそれこそ朝から晩まで走り回り、打倒Mちゃんに燃えていた。
だがこの日、珍しくMちゃんは
「本気」だったらしい。
勝負は、スタートからお互い一歩も譲らぬ競り合いとなった。
ぐんぐん加速する。二人とも必死の形相。たぶん周囲の歓声も耳には入っていない。見ている私も息をするのを忘れそう。
その一瞬、世界は間違いなく二人だけだった。
デッドヒートの末、鼻の差でMちゃんが勝った。Mちゃんは激走のあまり、ゴールに前のめりに突っ込んで転んだ。タイムを取っていたらきっと、一年女子の学校記録くらい出てたにちがいない。
そのMちゃんは、運動会が終わって1学期が終わったら、日本に帰ってしまう。鼻っ柱の強い4号にとって、時にそれをへし折ってくれるMちゃんは、とても貴重な存在だった。
終わった後4号は、「いいもん、Mちゃんが日本に帰ったら4号が1番やもん。」とものすごい負け惜しみを言っていた。
Mちゃんがいなかったら、きっと4号もそんなに早く走れてないよ。2学期になって、それがどんなに寂しいことか気づいても遅いんだから。お別れまでにちゃんとありがとうって言うんだよ。
その後の全校リレーでは、もう脱力していつもの「しんどいのキライ」に戻っていたMちゃん相手に雪辱を果たし、満足げな4号であった。やれやれ。
他のこどもたちもそれぞれがんばった。
2号、3号も徒競走では1位だった。
一緒に走る4年生4人の中で一番小さい3号は、いつもコース取りで押し負けてカーブで苦戦する。今日はうまくカーブから2位で抜け出せて、いつものように直線で追い上げ、こちらは鼻の差で勝った。
それから、小柄で身の軽い我が子たちは、組体操でも活躍。
3号は「友好の架け橋」で、インドネシアの国旗を持って因幡の白兎よろしく全校生徒の背中を渡り、1号は「友好の塔」のてっぺんでその旗を持った。
目立つけど危ないし、責任も重大。下で歯を食いしばってがんばってる子ども達のためにも、無事成功してほっとした。
全校生徒でのピラミッドも圧巻だった。
応援合戦では、学校の上級生組となった1号、2号が、下級生をリードしてよくがんばっていた。
大人のリレーでは、毎年のことながら出走者確保に苦心したようだ。できあがってみると、40代が主流のなんとも痛々しいチームに。もちろん、うちの夫もその一員。だが、こちらの心配をよそにチームは大健闘。観客席では「ブラボー40代!」の声が上がっていた。なにより怪我がなくてよかった。
ちなみに、4号の走り方は夫にそっくりである。
私は、玉入れと綱引きに出場し、どちらも勝利。来年も、小さな工夫が勝利につながる「技巧もの」でお願いしたい。走ったら死にますから、たぶん。
あとは、ちびっ子競争を含め、ひたすら5号を追っかけていた運動会だった。もうこっちの40代は、3歳児にもかなわない。
私がちょっと目を離した隙に、立ち入り禁止の教室に逃げ込んで学校のスタッフさんに見つかったり、玄関で運転手さんを呼び一人で帰ろうとしたところを友人に捕獲されたり。
どうやら彼も私に似ず足が速そうなのは結構だが、それ以前に来年、幼稚園児としてちゃんと並んでいられるのだろうか。5人目にしてものすごく不安になった。
結果は白組の勝利だった。チームが負けたのは残念だったけど、これが終わったらやっぱり日本に帰ってしまう4号の大親友Aちゃんのパパが白組の監督だったので、インドネシア生活の最後を勝利で飾ってもらえてよかった。
子ども達の生きる力に圧倒された運動会。みなさん、お疲れ様でした。

2コース赤が4号、3コース白がMちゃん
ものすごく大きさ違いますが一応同じ一年生です
わたくし肉眼派で写真が
1枚もないので、ばにらブログから借りました
いいんです、学校がCD-Rを売ってくれるので