笑門来福ジャワ島日記

5児の母のインドネシア通信
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  [ お知らせ ]
2009-08-15(Sat) 17:56:16
明日からしばらくお出かけします。

チチャ(とかげ)君、留守番よろしく。

チチャ2
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  [ お知らせ(確率の問題ではない) ]
2009-07-01(Wed) 20:11:26
7月になりました。

ネットがまたまた超絶不調で、年賀状くじに当たるくらいの確率でしかつながりません。今ようやく、末等50円&80円切手が当たりましたので、その運をここに使っています。
WEBメールは、ジャンボ宝くじ並の確率(末等除く)のようで、まだ当たりませんので、いつ読めるか分かりません。返事待ちの方がいたら、ごめんなさい。

とりあえず、生きてます。
早く当たりますように。
毎月ネット代払ってんのに、この願い方からなんか間違ってるし。
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  [ お知らせ ]
2009-04-18(Sat) 16:25:49
ネット超絶不調のため、なかなかつながりません。
安定するまでしばらくお休みします。

ばる入園

とりあえず無事入園しました
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  [ バリ・クルージング(2) ]
2009-03-31(Tue) 14:28:53
海と太陽が作り出す、色と光のショーの数々。

1日目、ジャワ海に沈む夕陽。

夕日2

海と空にこんな色を残して日没。

夕日

翌日の朝。地球の目覚め。

朝焼け

ちなみに太陽はインドネシア語でマタハリ(直訳すると「日の目」)という。
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  [ イネ流危機管理 ]
2008-12-21(Sun) 15:09:53
昨日の続き。

というわけで、前回ここでいただいたアドバイスなどを元に、運転手さんに重々口止めをして、また給料を前借りさせることになった。

そもそも、給料前借りをしていない、したことがないというインドネシア人被用者はどのくらいいるのだろう。
私の周囲の、日本人家庭の被用者の前借り率はかなり高いと思う。

貯金するほど収入がないところへ持ってきて、定期的に大金のいる行事が巡ってくる。
義務教育なのに子どもの入学には高額な入学金がいる。住まいは2年契約で家賃一括先払いが一般的。レバランには故郷や親族に大判振る舞いをしなければならない。貧困層にはお金が留まらない仕組みになっているかのようだ。
その上、結婚式(やたら派手)があったり、病気や事故(社会保障が一切ない)にあったりしても、たちまち大金が要る。

日本人的感覚では、収入と支出のバランスが悪すぎて、リスクマネージメントはどうなってんだ!!と説教したくなる。確かにかつかつ食べてる世帯もあるのだろうから、そこは仕方ないが。ボーナスまるまるお年玉でばらまくなんて、荻原博子さんに怒られるぞ。
うちの運転手からして、日頃の酒代や遊興費を貯めていれば、手頃な中古バイクで我慢すれば、自力で買えてんじゃん?と思う。

いやいやいやいや、それはあくまで日本的発想。
ここには、まだない必要に備えてお金を貯める発想はない。必要になってから、考える。
それで、なんとかなる。

だから逆に自分に余裕がある時は、気前よくおごってやったり、困ってる人にお金貸してあげたりする。もしもの時のためにとっておこうなどとケチくさい(?)ことはしない。イネ人はおおむね義理固く人情篤いので、それが、リスクマネージメントと言えば言えなくはない。

それは、「万物は神のもので、必要以上を持つのは悪」とする、イスラム的考え方とも大いに関係があるのだろう。
考えてみれば、手元に貯めこまずさっさと使ってしまう方が、社会にお金は流れていいのかもしれない。

というわけで、「うちのご長男」は今日も仲間と飲み歩き、せっせとリスク・マネージメントに精を出している。
これまた、貯金大好き日本人には、真似のできない荒業である。
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  [ 犠牲祭 ]
2008-12-08(Mon) 16:06:57
<血なまぐさい写真があります。苦手な人は注意してね。>

空き地や庭先に、たくさんのヤギや牛がつながれ始めると、「ああ、またこの季節が来たなあ」(ってまだ2回目だけど)とちょっと切なくなる。彼らの生が残り少ないことを思うと、安らかな最期であることを祈らずにはいられない。

犠牲祭の日は祝日である。今年は、その最期を確かめに行ってみた。

犠牲祭は、レバラン(ハリラヤ)と並ぶイスラム教の行事である。
日の出から集団礼拝を行い、ヤギ・牛・羊などの家畜を神に捧げる。信心深いイスラムの人々は、日頃の生活には困っても、この日のために貯金をしてヤギを買い、モスクに寄進するそうである。
捧げられた家畜は、「良い年でありますように」と挨拶を交わしつつ、家族や近親者のほか、近在の貧しい人たちと分け合って食べる。

この行事は次の故事に由来する。
その昔、子宝に恵まれなかったイブラヒームがようやく息子イスマイールを授かる。が、その子がかわいい盛りの少年になった頃、子を生贄にするようにとの神の命が下る。苦悩の中にも親子はそれに従おうとし、父が今にも息子に手をかけようとしたその時、アッラーから声が掛かる。親子のゆるぎない信仰心を確認した神は、息子を助命し、その代わりに子羊が生贄にされた。

つまり、家畜を捧げること自体に意味があるのではなく、イブラヒームの示した神への信仰心・忠誠心を思い起こし、自分の欲望を犠牲にして神に帰依するという意味があるそうだ。

(参考資料:JC会報)


同行者を募ったら、1~4号全員が手を挙げた。朝7時、5人で近くのモスクへ行ってみる。

犠牲祭1

出番を待つ牛たちがつながれている。
観光地の物売りにさえびんびん針が触れてしまう1号、すでに直視できず。

近所の人たちが大勢集まってきて、周囲は次第ににぎやかに。
そんな中、近くの空き地に集められたヤギがまず一頭、運ばれてきた。

長い祈りが捧げられ、このヤギの寄進者の名前や住所が読み上げられたあと、いよいよ儀式に。

犠牲祭2

地面に掘った穴の上に太い木を渡し、そこにヤギの首をあてがって一気に喉首をかき切る。血が滝のように流れ出る。子ども達も息を呑んでみつめる。
思ったよりもあっけない。男衆たちは手早く、手馴れていて、ヤギはほとんど苦しまない。
それでも3号は姉兄の影に隠れるようにして、断末魔を聞かないように耳を塞いでいる。

犠牲祭3

穴の中にあらかた血を出した後、つるされ、解体される。見る間にヤギは「肉」になっていく。手にしている刃物はすっかり古ぼけて見えるのに、さくさくと肉を割くその見事な職人技にはただみとれるばかりだ。絵の具のように赤い血が、さっきまで生きていた命の熱を思わせる。

好奇心旺盛な2号は牛の儀式も見たがったが、50頭もいるヤギが終わってからだと言うので、そこで引き上げることに。
町の小さなモスクでさえこの数。いったいこの町全体で、いや世界中のイスラム圏で、今日一日で何頭の生贄が捧げられたのだろう。

帰りの車中、紙のような顔色で1号が「1号、ベジタリアンになる。」とつぶやく。以前読んだ森達也さんの『いのちの食べかた』を思い出したと言っていた。

なんとも残酷な儀式で、その故事からして、「宗教」や「貧困」などからすっかり縁遠くなってしまった今の日本人にはちょっと共感しがたいと思う。
そもそも、「犠牲」という言葉の概念が違う。ここでは「犠牲」は、尊く神々しい行為だ。日本では、「事件や事故の犠牲に…」という使い方から分かるように、そこには悲壮感しかない。とても「祭」る気にはならない。

それでも、誰かのおかげで今の暮らしが成り立っているということ、何かを守ろうとする時には別の何かをあきらめなければならないこともあるということくらいは、忘れずにおこうと思った。

ああ、「おにくだいすき」4号は、日記に「こわかったけどおもしろかったです。」と書いていた。
よかった、「おいしそうでした」じゃなくて。
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  [ ジョグジャカルタ(6)~研修~ ]
2008-10-12(Sun) 15:35:59
2日目昼からは、“ジョグジャの原宿”マリオボロ通りへ。

ハリラヤ中とあって、山口ちょうちん祭り並の混み具合(人にぶつからないと歩けない)。たぶんスリもわんさかで、観光客は危なくて歩けないので、馬車(デルマン)に乗ることに。

デルマン

物価が安いので、女同士なら店をひやかして歩いても面白いと思う。が、玉石混こう(しかも石率高し)の中から宝探しをするのは骨が折れる。バリに行けば、玉がずらっと並んでいるけど、価格もそれなりにする。住んでる街に戻れば、そこそこの物がそこそこの値段で買えるので、あえてここで買い物をする気にはなれない。いずれにしても、この混雑では無理だけど。

人ごみを横目に、車や馬車やベチャ(自転車つき人力車)が車線を無視して混ざり合う道路を進んでいくのは、なかなか爽快だった。すれ違う人たちが、私達を物珍しそうに見て、時々日本語で話しかけてくれる。

途中、御者のお兄さんが、「買い物はしないのか?」と店に寄っていくことを勧めてくれる。たぶん、お客を連れてきたらチップがもらえるのだろう。ごめんねお兄さん、買わないので寄りません。

約30分で600円。いつもより重かったでしょ(ええ、7人乗りました)、馬さんお疲れ様。

その後、夏休みの自由研究でバティックを作った4号、今年度の総合学習でバティックを研究中の1号の希望により、バティック工房へ。

バティック

バティックはジャワ更紗とも呼ばれる、インドネシアの工芸品のひとつ。ろうけつ染め(ろうを描きつけたところには色が入らない)の手法により、ジャワ独特の模様を布に描いていく。
ろうで模様を描いては染め、ろうを落とし、次の模様を描き、また染め、を繰り返して、美しい模様が浮かび上がる。

この日、店は開いていたが、バティック職人さんたちはハリラヤのためお休みだった。裏に併設された、しんと静まり返った工房を見学させてもらった。

バテッィクスタンプ


手の込んだ手描きの高級バティックもあるが、型押しのものもある。1号の持っているようなスタンプにろうをつけて、布に染み込ませていく。
そのろうの入った鍋をかける炉や、ろうを洗い流す熱湯の釜など、稼動中の仕事場はかなりの高温だろうと思われるのに、エアコンはおろか扇風機もない。女工哀史の世界だ。
職人技を見られないのは残念だったけど、ハリラヤぐらいゆっくり休んでね。

夜は、昨年の総合学習でワヤン・クリッの学習をした2号の希望により、ソノブドヨ博物館へワヤンを見に。

開演までちょっと時間があったので、どうしよっかなあと考えていると、ドライバーさんが「シルバー、買いに行く?」と誘う。わかったわかった、チップがもらえるんだね。でもごめんね、買わないので寄りません。

ワヤンクリッ

ワヤンはインドネシアの伝統芸能。
ものすごく簡単に言っちゃうと影絵人形劇。ただし、スクリーンの表裏どっちから見てもいいそうだ。スクリーン中央に座っている赤い帽子の男性が、語り部、人形遣い、効果音(足で鐘を叩いてた)、ぜーんぶひとりでやる。

ワヤンクリ裏

ホントは、人に見せるものじゃなくて、結婚式やお祭りにひと晩中やって、神に捧げるものらしい。道理で、薄暗い明かりの中で、ガムランの伴奏にうなるようなジャワ語の語りを聞いていると、夢とうつつの境い目をさまよってる気分になる。←要は眠い

ここは2時間の予定だったが、1時間経ったところで生き残り率が50%を切ったので、退散。子ども達、ラーマヤーナの夢を見てるかな。
未分類TB : 0CM : 4

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